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2012年1月 9日 (月)

信仰の人と呼ばれたい

日曜日の礼拝メッセージをシェアします。

◆聖書:旧約聖書 創世記18章1~15節

◆説教タイトル:「信仰の人と呼ばれたい
   
                    ―アブラハム⑩」

・アブラハムもその妻サラも新約聖書では信仰の人と呼ばれています。

彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。
それは、「あなたの子孫はこのようになる。」と言われていたとおりに、
彼があらゆる国の人々の父となるためでした。
アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、
サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。
彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、
反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、
神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。
(ローマ4章18~21節)

信仰によって、サラも、すでにその年を過ぎた身であるのに、
子を宿す力を与えられました。
彼女は約束してくださった方を真実な方と考えたからです。
そこで、ひとりの、しかも死んだも同様のアブラハムから、
天に星のように、また海ベの数えきれない砂のように数多い子孫が生まれたのです。
(ヘブル11章11~12節)

でも彼らはいつでも信仰の人だったのではありません。
子どもが生まれるという神さまの約束を聞いても、
彼らは信じることができず「笑った」と書いてあります。
しかし最後には彼らは神さまを信じ、その約束を信じ、奇跡を経験したのです。

・なぜ彼らは信仰をもつことができたのでしょうか。
神さまが彼らのところを訪れて、繰り返し約束を語り確認してくれたからです。
神さまの恵みは私たちを信仰に導いて下さいます。

・イエスさまの十字架と復活、
そして聖霊が私たちに与えられているということは、
私たちが罪のために信じることができない神さまの約束を信じ、
他の人の証となり励ましとなり祝福となる人生へ回復されるためなのです。

Photo_4

 

毎週、教会では神さまの言葉による熱いメッセージを聴くことが出来ます。
是非、聴きにきてくださいね!

 

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