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2012年1月14日 (土)

罪人として人間

聖書では、神は最初の人間をエデンの園におかれ、
人間と契約を結び、一つの禁止を置かれました。

「・・・取って食べてはならない。
それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。」創世記2:17

それは神への信頼に基づいた服従のしるしでした。
しかし、人間はその約束を破り、善悪の木の実を食べてしまいました。
その結果、人間の中に罪が入ったと聖書は述べています。
創世記3章を読んでみましょう。

人間はもともと神のかたちが与えられ、
神と親しく交わりを持ち、自由で、互いに愛し合い、
世界を正しく治めるように造られていたにも関わらず、
その性質は、極端に損なわれてしまいました。
現在、私たちが「人間は素晴らしい」と感じるような性質を人間に見出せるのは、
損なわれていても神のかたちが私たちに残されているからです。

しかし、そのような素晴らしい性質は、いつも現される訳ではなく、
むしろ私たちの現実は「人間は醜い」と思うような姿ではないでしょうか。
それは罪が入ったことによって、尊い「神のかたち」は
極端に損なわれてしまっているからです。

私たちは創造されたときの優れた状態をいま失ってしまっているのです。

「人間にはキラリと輝くような素晴らしさがある、
 けれどもそれはずっとは続かない。
 同じ人の中に、素晴らしい部分と、恐ろしい部分が存在する。」

このような人間の矛盾した状態を、聖書は鋭く指摘しています。
そしてなぜそうなっているのかを説明しています。

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次回のキリスト教基礎コースでは、罪が人類に及ぼした影響について詳しくみていきます。

 

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