« 松葉曄子さんの被爆ピアノ | トップページ | 救いの道 »

2012年1月27日 (金)

死と裁き 人生の総精算

聖書は、すべての人が死後にその人生の精算をすることを述べています。
この世で、法律に背くと、刑務所に入ったり、
それ相応の罪の代償を支払わなければならないのと同様に、
神の前にも、神の法に背いて生きていたなら、
その代償を求められます。

「すべての人は罪を犯したので、死と裁きに会います。」

聖書では第一の死と第二の死について教えています。

第一の死は、肉体と魂の分離であり、これはだれでも通ります。

第二の死は、もっと深刻です。
聖書は、人間は肉体が死んだ後、存在が無になるとは教えていません。
人は死んだ後、それぞれが神の前に出て、その人生を問われます。
そしてその結果、第二の死を受ける人々がいるのです。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、
魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、
火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。(黙示録21:8)

また私は、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。
地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなった。
また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も
御座の前に立っているのを見た。
そして、数々の書物が開かれた。
また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。
死んだ人々は、これらの書物に書きしるされているところに従って、
自分の行ないに応じてさばかれた。
海はその中にいる死者を出し、死もハデスも、その中にいる死者を出した。
そして人々はおのおの自分の行ないに応じてさばかれた。
それから、死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。
いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。
                   (黙示録20:11~15)

 

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚

第二の死を受ける人が行く場所は、ゲヘナと呼ばれるところです。
神の前に罪を犯してきた人は、本来すべてここに行かなければならないと
聖書は語っています。
神を無視して生きてきた人生の結果を厳粛に考えなければなりません。
あなたは神の前に完全に正しい人生を送ったでしょうか。
一つの罪も犯さずに生きてきたでしょうか。
大きな罪も小さな罪も、神の前には罪です。
私たちは一人残らず、自分の人生の責任を問われるときが来るのです。

Photo

« 松葉曄子さんの被爆ピアノ | トップページ | 救いの道 »

キリスト教基礎コース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 死と裁き 人生の総精算:

« 松葉曄子さんの被爆ピアノ | トップページ | 救いの道 »