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2012年2月

2012年2月29日 (水)

救い

1 人間は自分で自分を救えません。

「義人はいない。一人もいない。」(ローマ3:10)

私たちには自分の罪が赦され、神の十分義と認められるだけの、
正しい生き方が出来ません。

出来ると思っている人は、
一度聖書に書かれている神の教えを徹底的に守ってみるといいでしょう。
「あなたの敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」
という言葉を守り続けることが出来るでしょうか。
自分の内側を正直に見つめたときに、罪の一点もない人などいないのです。

また、救われるための人間の努力には限界があります。
それは神の義を満たすほど十分ではありません。
ある人々は救いを得るために修行を積んだり、善行に励んだりするのですが、
聖書はそのような行いによっては誰一人救われることはないと教えています。

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。
 それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
 行いによるのではありません。」

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2 救いの方法

人間の罪を完全に処理する方法として、神が定められたのが、
イエス・キリストが身代わりになられる方法です。

神が人となり、罪の無い完全に正しい生き方をし、
罪ある人の身代わりに神の裁きを受け、
その人の罪の代価を全部支払うという方法です。

その方法で、私たちの罪はキリストの十字架の所に行き、
キリストの義が私たちの所に来るようにされたのです。

そして、私たちがすることは、自分の罪を悔い改め、
備えられた救いを信仰によって受け取ることのみなのです。

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十字架によってのみ渡ることが出来ます。

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Q&A  どんな罪も赦されるのでしょうか?

この救いの方法で、支払われたのは「神の御子のいのち」です。
これ以上高い犠牲はありません。
誰が何と言っても、神ご自身が身代わりの犠牲になられた以上、
その人の罪は残らず赦されます。
どんなに人間の罪が深く、また多くても、
赦しの効力の方が大きのです。

もしも、救われるために、何らかの償いや善行や修行やお布施などが必要であるならば、
条件によっては救われたくても救われないという人も起こるでしょう。
しかし、神はすべての人が、自らの救いを願って悔い改めるならば、
救われることが出来るように、
信仰によってのみ救われるように定めてくださったのです。

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3 救いを受けるために

○自分が罪人であることを認め、罪を悔い改める。

「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ1:15)

○イエス・キリストを救い主として信じ、告白すること。

「もしあなたの口でイエスを主と告白し、
 あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、
 あなたは救われるからです。
 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ10:9~10)

あなたも今、信じて祈ることによって、
キリストを受け入れることができます。
(祈りは、神に話すことです。)

神さまは、あなたの心を知っておられるので、
あなたがどんなことばで祈るかよりも、
どういう心で求めているかを見ておられます。
次のように祈ることによって、あなたも今、キリストを受け入れることができます。

「神さま、私は罪人です。今まであなたを知らずに生きてきました。
 あなたが喜ばれないことをしてきました。
 どうぞ私の罪を赦してください。
 イエスさまがこんな私のために十字架にかかってくださったことを感謝します。
 イエスさまを私の救い主として信じます。
 私をきよめてください。
 そしてこれからの人生をあなたの喜ばれることのために導いてください。
 イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。」

これは、あなたの心の願いを表しているでしょうか?
もしそうでしたら、今、祈りましょう。
キリストは約束されたように、あなたの心に入ってくださいます。

見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。
だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、
わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、
彼もわたしとともに食事をする。(黙示録3:20)

2012年2月28日 (火)

気にすることなく。。。

マザー・テレサの言葉を紹介していただきました。
日本人はその場の空気を読むということに長けていますが
この『・・・気にすることなく・・・』ということろに
とっても、はまっちゃったので、みなさんにもシェアしますね♪

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~あなたの心の中の最良のものを~

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行なうと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出逢うでしょう。
気にすることなく、やりとげなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実で在り続けなさい。

あなたの作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを、世に与え続けなさい。
けり落とされるかもしれません。
でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

マザー・テレサ

2012年2月27日 (月)

主の臨在の中で

『主の臨在の中で』

主の臨在の中で 我らはひざをかがめ

あなたの御名を 恐れます 力強い主の御名

主の臨在の中で 我らは心を主に向け

今御前に 進み行き 賛美を捧げます

ほむべきかな あなたの御名は

偉大な神 栄光の王

ほむべきかな ただひとり 賛美を受ける方に

主の臨在の中で 我らは主に手を挙げ

今すべての 思い煩い あなたに委ねます

主の御座から流れる 恵みと憐れみの泉

主よ私は 飢え渇いて あなたを求めます

ほむべきかな あなたの御名は

偉大な神 栄光の王

ほむべきかな ただひとり 賛美を受ける方に

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神さまが私たちと共にいてくださるという事実を
私たちは信仰を持って受け取っています。
そして神さまご自身がはっきりと私たちに示してくださいます。

特に賛美を捧げているとき、奥深いところが解放され
造り主と繋がる喜びを経験します。

いつまでも神さまあなたを賛美します!

2012年2月26日 (日)

聖霊によって地境が広がる

私たちは知らず知らずのうちにいろいろな影響を受けていますが
いつも変わらず良い影響を与え続けてくださる方に
今日も期待感が増し加わりました!
感謝します。
それでは日曜日の礼拝メッセージをシェアします。

◆聖書:新約聖書 使徒2章1~6節

◆説教タイトル:「聖霊によって地境が広がる」

2:1 五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。
2:2 すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、
  彼らのいた家全体に響き渡った。
2:3 また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。
2:4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、
  他国のことばで話しだした。
2:5 さて、エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、
  天下のあらゆる国から来て住んでいたが、
2:6 この物音が起こると、大ぜいの人々が集まって来た。
  彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、
  驚きあきれてしまった。

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・ペンテコステの日に聖霊が下って来たという不思議な出来事が聖書に記されています。
この出来事によって地境が広げられ、教会が誕生し、その活動をスタートしました。
気弱で恐れと不安の中にいた弟子たちは、聖霊の影響によって、
力強く大胆に世界に羽ばたく人たちとなりました。
私たちも、聖霊によって地境が広げられるのです。

・私たちはみな目には見えない霊的な影響を受けながら生きています。
霊的なものにはよいものとそうでないものがあります。
私たちが罪をそのままにしていると、霊的に悪いものの影響に身をさらすことになります。

・イエスさまの十字架は私たちの罪を赦し、私たちを罪の影響から解放するものです。
イエスさまを信じるなら、霊的なものを怖がる必要はなく、聖霊のよい影響を受けながら、
生きていくことができるのです。

2012年2月25日 (土)

キッズチャペル

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明日は、10時半からの礼拝と平行してキッズチャペルがあります♪
とってもわかりやすく聖書のメッセージを伝えてくださっています。

子どもたちにも楽しんで聖書に親しんでもらおうと
お歌を歌ったり、絵や地図を使って聖書のストーリーを紙芝居のように工夫したり
たくさん準備をしてくださっています。

子どもたちも大満足で
「楽しかった!」
「今日は、○○のお話だったよ!」
などなど嬉しい報告をしてくれます。

ご奉仕してくださっているみなさん、いつもありがとうございます。

是非、みなさんも教会に子どもたちを連れて来てくださいね!
お待ちしています♪

2012年2月24日 (金)

信仰による救い

聖書は人間の素晴らしい価値と悲惨な現実、
高さと低さの両方を記しています。

高さ・・・人間は神のかたちに造られていること。
    また、神がそのひとり子さえも引き換えに犠牲にされたほどに愛されていること。
    これらのことは、これ以上ないほど、
    人間存在の価値が高いことをあらわしています。
    神はこれ以上高いものはないほど、
    人間を素晴らしく造られたのです(詩篇8:3~9)

低さ・・・しかし、聖書はそれほど素晴らしく造られた人間が、罪に陥ったとき、
    それがいかに悲惨なことかを教えています。
    自由意志を乱用し、知恵を悪用し、自己中心の性質により他者を傷付ける
    そして、最後には永遠の滅びに至る
    聖書は人間の罪の現実の悲惨な姿をごまかさずに、それを直視させます。
    そして、その罪から解放されるように導いています。

私たちは、人間について、イメージを持つ時、この両面を忘れてはいけません。
どちらかに偏ったイメージを持つ時、
私たちは自分や他者を正しく評価することが出来ません。
正しいセルフイメージを持つためにも、
両面をバランス良く知ることが必要です。

神は、この罪の結果である最終的な滅びから私たちを救い、
この失われ激しく損なわれている神のかたちを、
私たちにもう一度回復させるために救いの道をつくられました。
そのために、イエス・キリストは来られたのです。

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2012年2月23日 (木)

祈りの歩行~Prayer Walking~

今日は、初めての人には耳慣れない
「祈りの歩行~Prayer Walking~」についてご紹介します。

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1 祈りの歩行とは

目的:「教会が地域社会へと出て行くためのシンプルな祈りの戦略と方法」

目標:①祝福するため
  直ぐな人の祝福によって、町は高くあげられ、
  悪者の口によって、滅ぼされる。 (箴言11:11)

   ②近隣地域とそこに住んでいる失われた人のために、
    深い、憐れみの心と意識を高める。

   ③その地域に対する神のビジョンを見るため。

・「祈りの歩行とは、とりなしの祈りであり、
  その場で祈った祈りは必ず応えられると期待して祈ること」

・「洞察力をもってその場で祈ること」

・「神の臨在があらわれ祈りが聴かれることを期待し求めるその場所で祈ること」

重要要素:洞察力・その場(現場)・祝福・キリストの主権を宣言する

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2 聖書に見る祈りの歩行

(1)アブラハム:創世記13:14~17

ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。
「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。
わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、
永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。
わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。
もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。
立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。
わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」

アブラハムに要求された主要なことは、神の目を用いることであった。
神は私たちに何を見てほしいのだろうか。
地域の中で神のビジョンを見ること。

(2)ヨシュアとカレブ:民数記14:6~9

すると、その地を探って来た者のうち、
ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、
イスラエル人の全会衆に向かって次のように言った。
「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。
もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、
それを私たちに下さるだろう。
あの地には、乳と蜜とが流れている。
ただ、主にそむいてはならない。
その地の人々を恐れてはならない。
彼らは私たちのえじきとなるからだ。
彼らの守りは、彼らから取り去られている。
しかし主が私たちとともにおられるのだ。
彼らを恐れてはならない。」

この二人だけが祈りの歩行をしていた。
彼らは土地の素晴らしさを見ており、
その土地を勝ち取ることが出来るという確信を持っていた。

ヨシュア記1:3

あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、
わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。

「神は与える方」ということが祈りの歩行の基盤である。
敵地を侵略することより、神から相続することに焦点を当てること。

(3)ネヘミヤ:ネヘミヤ2:11~16

こうして、私はエルサレムにやって来て、そこに三日間とどまった。
あるとき、私は夜中に起きた。ほかに数人の者もいっしょにいた。
しかし、私の神が、私の心を動かしてエルサレムのためにさせようとされることを、
私はだれにも告げなかった。
また、私が乗った獣のほかには、一頭の獣も連れて行かなかった。
私は夜、谷の門を通って竜の泉のほう、糞の門のところに出て行き、
エルサレムの城壁を調べると、
それはくずされ、その門は火で焼け尽きていた。
さらに、私は泉の門と王の池のほうへ進んで行ったが、
私の乗っている獣の通れる所がなかった。
そこで、私は夜のうちに流れを上って行き、城壁を調べた。
そしてまた引き返し、谷の門を通って戻って来た。
代表者たちは、私がどこへ行っていたか、また私が何をしていたか知らなかった。
それに、私は、それをユダヤ人にも、祭司たちにも、おもだった人たちにも、
代表者たちにも、その他工事をする者たちにも、まだ知らせていなかった。

ネヘミヤは、城壁のどこが崩れているか調べて回った。
痛みを知ること。

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3 祈りの歩行の特徴

(1)とりなしに焦点を置く。

(2)主の目をもってその場所を見る。祈りの歩行では見ることが大変重要である。
  「神は何を見ているか」
  「神は私に何を見せているか」
  「神は私に見せてくれたものについて何をされたいのか」
  その地域と住民に対する神の御心とビジョンを持たなければならない。

(3)私たちの感覚によって、その場所の現実をつかみ祈る。
   肉体的感覚と霊的感覚。

(4)祈りは香りである。
  人がいなくなっても祈りの香りはその場所に残っており、
  人々がこれを通して聖霊にふれる機会をもつ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

私たちは、この地域とそこに住む人々を愛しています。
神さまの祝福が豊かにありますように。

2012年2月22日 (水)

普段着のキリスト教

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●たらちね日本 

感学講座:講座【普段着のキリスト教】を開催します。

  日 時:第1回 2012年2月23日(木) 18時~20時
      
  会 場:四条京町屋2階 (京都市下京区四条通西洞院東入ル)
                      ℡075-255-0801 
                                                
http://shijo-kyomachiya.jp/

  受講料:1回 3,000円

当教会の牧師がキリスト教についてお話しいたします。
キリスト教のキーワードをご紹介し、
そこから私たちの生活とキリスト教がどのように関係があるかをお話しいたします。
詳しくは、「たらちね日本」ホームページをご覧ください。
http://tarachine-nippon.com/index.html

興味を持たれた方やお近くの方は
是非、足を運んでみてくださいね♪

2012年2月21日 (火)

永遠にあなたと

今日、ご紹介する賛美は、
GROWING UP(グローイング・アップ)の
『永久歌(とわうた)』に収録されています。

『永遠にあなたと[永久歌] 』

ただ一つのこと わたしは願う

あなたのみそばで 永遠に生きること

永遠に 永遠に あなたと生きる

この口は 歌い続ける あなたの愛を

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神さまへの賛美を捧げるとき
言いようもない喜びや感謝が満ち溢れます。

「いつもあなたとともにいるよ!」と語りかけてくださる神さまに
それぞれ置かれているところで今日も賛美を捧げましょう♪

2012年2月20日 (月)

教会はキリストのからだ

聖書で教会は、キリストのからだとして例えられています。

(Ⅰコリント12:12~21)
12:12 ですから、ちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、
  からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、
  キリストもそれと同様です。
12:13 なぜなら、私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、
  一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、
  そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです。
12:14 確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。
12:15 たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、
  そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
12:16 たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、
  そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
12:17 もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。
  もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。
12:18 しかしこのとおり、神はみこころに従って、
  からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。
12:19 もし、全部がただ一つの器官であったら、からだはいったいどこにあるのでしょう。
12:20 しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。
12:21 そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うことはできないし、
  頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともできません。

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(Ⅰコリント12:26~27)
12:26 もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、
  もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。
12:27 あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。

イエスさまは教会を愛しておられます。
私たちはそのキリストのからだの一部とされていることを本当に感謝しています。

それぞれに神さまから委ねられた役割があり意味があります。
でも、教会にはお互いを建て上げていく言葉や励ましがいっぱいで
一つなんだなぁと喜びが湧き上がってきます。

ますます神さまが一人ひとりを祝福してくださり
キリストのからだである教会が建て上げられ一つになっていくことが出来ますように。

  

2012年2月19日 (日)

ねたみから自由に

日曜日の礼拝メッセージの一部をシェアします。

◆説教タイトル:「ねたみから自由に」

◆聖書:新約聖書 ピリピ4章6~7節

2:1 こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、
  御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、
2:2 私の喜びが満たされるように、
  あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。
2:3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、
  へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
2:4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
2:5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。
  それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。

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・私たちの働きやよい影響がさらに広がっていくことを願うなら、
教会を大切にすることを忘れてはいけません。
なぜなら教会はキリストのからだと呼ばれ、イエスさまが愛されているからです。
私たちはキリストのからだの一部として、からだ全体といっしょに成長していきます。

・ねたみは私たちの関係を崩し、教会に深刻なダメージを与えます。
聖書を見ると、ねたみが大きな影響を及ぼしていることがわかります。

・聖書は私たちが競争したり、
人よりも何かが上手にできることを目指して努力することを否定していません。
いろいろな点で、
人と比較して自分が上だと確認して安心するような態度を問題視しています。
私たちはイエスさまのように、神さまに愛され、神さまに認められていることに安心し、
自分のプライドや立場や評価を守ろうとして縛られることから自由になることが必要なのです。

2012年2月18日 (土)

真のイクメン☆☆☆

みなさんは、『イクメン』という言葉
耳にしたことはありますか?

イクメンとは、育児を楽しむ男性。育児を積極的に行う男性のことだそうです。

確かに、周りにも家事や育児を手伝ってくれるという
嬉しいママさんの声をよく耳にするようになりました。

それでも、子育てをするママさんのご苦労は絶えないようです。

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聖書は、父親の権威を重んじています。
そして、言葉がどれほどまでに人に影響を及ぼすかを教えています。

父親に、肯定的な言葉を掛けられることは
子どもにとって、とーーーっても良い影響を及ぼします。

神さまは、私たちに、
毎日「愛しているよ!」「あなたの将来は最高だよ!」
「どんな時もあなたの側にいるよ!」と
いつも肯定的な言葉を語りかけてくださいます。

イエスさまを信じることによって私たちは神さまの子どもとされました。
神さまは、私たちのお父さんです。

どんなに、悲しい親子関係を経験していたとしても
天の父の愛を知るとき、その傷は癒されます。

そこに私たちの希望があります。

教会は、神さまの肯定的な言葉で満ち溢れています。

みなさんは、最近、どんな言葉を周りの人たちに話しましたか?

明日は、日曜日の礼拝があります。
神さまの言葉による最高のメッセージを受け取ってくださいね!
みなさんのお越しをお待ちしています♪

2012年2月17日 (金)

十字架

福音書をよく読んでいくと、
自分に従ってくる人々の熱狂や、指導者たちの妬みと陰謀などをよそに、
イエスが非常に冷静に十字架の死を目指しておられたことがわかります。
それは人間を救うために、
その罪の代償を全部身代わりに受けることが、
受肉されたイエスの生涯の最も中心的な目的
だったからです。
当時、周りの人々はそのことを誰も悟りませんでした。

しかし、十字架の死というものは、簡単な出来事ではありません。
その体の痛みは創造を絶するものです。
(人としてこられたイエスは、私たちと同じ生身の体を持っておられたのです。)
十字架刑は、当時の死刑の中で最も痛みを伴う残酷な刑の一つでした。

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しかし、もっと深刻な苦しみは、父なる神からの断絶です。
イエスにとっての十字架は、人々の罪の身代わりでありました。
ここでは、イエスは罪人に下るはずの、神の最終的な怒りと裁きを
身代わりに全部受けられたのです。
単に体の痛みだけではなく、イエスはここで、神の怒りを受けておられたのです。
その結果、通常三日かけて死ぬはずのところが、6時間で亡くなったのです。
壮絶な苦しみであったことがここからもわかります。
三位一体の素晴らしい愛の関係を、父ともっておられた御子が、
その関係を引き裂かれて、神の怒りの対象となられたという苦しみは、
おそらく私たちに理解し尽くすことはできません。

そして、父なる神が、御子を裁かれたのは、
私たちを救うためであったことを、私たちは知らなければなりません。
愛する者が苦しんで死んでいく姿を、父が見ていてどのようなお心だったでしょうか。
聖書の中には、イエスの十字架の姿を見て、あざけり笑う人間たちの姿が書かれています。
このとき、義なる神が、いっそこのような罪を罪とも思っていない人間たちのほうに、
怒りと裁きを下してしまわれたとしてもおかしくありません。
しかし、それでも神は御子を十字架につけ続けられました。
それは、そのことをやめたら私たちが滅んでしまうからです。
このときイエスは十字架で
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
と最後まで、罪人のためにとりなしてくださいました。

私たちの知らないところで、私たちには想像もできないような神ご自身の痛みの中で、
十字架の出来事は行われていました。

世界の創造主、神である方が、
こんな小さな私たちのために、

ここまでの愛と憐れみをあらわしてくださったことは、
考えられないような出来事です。


「神は愛です」という聖書の言葉は、
この十字架にもっともよくあらわされているのです。

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神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)

2012年2月16日 (木)

Bridges for PRACE JAPAN

聖書の舞台になっているイスラエルですが、
さまざまな情報が飛び交っていて、
理解するのは本当に難解だなぁと思わされています。

聖書にも
「エルサレムの平和のために祈れ。」とあります。

私たちは、イスラエルの祝福のために
またエルサレムの平和のために
お祈りしていきたいと思います。

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そこで、今日は
ユダヤ人の心をいやす平和の架け橋として活動しておられる
『Bridges for PRACE JAPAN』を紹介ます。

ブリッジス・フォー・ピースは、エルサレムを本部とし、
和解と平和のために活動をしている国際キリスト教団体です。

イスラエルとその人々を愛し、クリスチャンとユダヤ人の間に愛の関係を築くために、
1976年、エルサレムに設立されました。
私たちの願いは、双方がお互いへの理解を深め、
神にある兄弟としての関係を構築することです。

本来、一つであったはずのユダヤ人とクリスチャンは、
神の意志に反して、2000年間にわたって対立してきました。

悲しいかなそれは、クリスチャン国によるユダヤ人迫害という歴史の積み重ねでもありました。
クリスチャンはこの問題に対し、あまりにも長い間沈黙してきました。
ユダヤ人もまた、あまりにも長い間孤立して戦ってきました。
今こそ、個人、教派にかかわらず、
神の選びの民、ユダヤ人の癒やしのために立ち上がる時です。

ブリッジス・フォー・ピースは、お互いを隔てているこの溝に、
“平和の架け橋”を築くために献身しています。
                   (HPより抜粋)

詳しくは、HP: http://www.bfpj.org/ をお読み下さい。

Bridges for PRACEの働きを神さまが豊かに祝福してくださいますように祈ります。

2012年2月15日 (水)

チャーチチェアー♪

一年前に、韓国から取り寄せてくださった教会の椅子たち。

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本当に優れものです!

 

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背面には小さな机が備えられ。。。

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フックがあるのが見えますか?
鞄も掛けられる。。。

座面の下には、物を置くスペースもあります。。。

日曜日に、このたくさんの椅子を
有志の方々でピカピカにしていただきました。

大切に使っていきたいと思います。
ご奉仕してくださったみなさん、ありがとうございました!

2012年2月14日 (火)

ビジョンと計画のために祈る

日曜日の午後、ビジョンと計画のために祈る時を持ちました。
そこで読まれた聖書箇所は、使徒10:1~48でした。

神さまが、思い考えの枠組みを大きく広げてくださる時があります。
ここも、今までの常識を覆すような促しがあり
まさに地境が大きく広げられました。

このことがあったからこそ、私たち異邦人に福音が届くようになりました。

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私たちも『地境が広げられますように』と今年、祈り心を持って歩み出しました。

イエスさまは、私たちの人生に祝福の計画を持ってくださっていて
私たちの地境を広げたいと思ってくださっています。

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。
そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、
および地の果てにまで、わたしの証人となります。(使徒1:8)

私たちは、神さまに期待と希望を持って祈り続けます。

●神さまを知ることができるように
●イエスさまの福音を伝える事が出来るように
●神さまの教会のために

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ペテロやコルネリオの共通点は
毎日の祈りのところで、神さまに語られました。

私たちにとって、聖書を読み、祈ることは基礎(Foundation)です。
そして、それは地境が広げられるための準備となります。

みなさんも、是非、神さまを知ることを求めて祈ってください。
必ず、あなたの祈りに応えてくださいます。

お祈りしています。

2012年2月13日 (月)

マンゴーはちみつ☆マラウイハニー☆

みなさん、フェアトレードってご存知ですか?

発展途上国の農産物や雑貨などを、
適正な価格で継続的に輸入・消費する取り組みだそうです。

低賃金労働を強いられる傾向のある途上国で雇用を創出し、
途上国の貧困解消や経済的自立を促すねらいがあるみたいです。

日本では「公正な貿易」「オルタナティブ・トレード」などともよばれているそうです。

フェアトレードの商品を紹介してもらったので
ここでもシェアしますね♪

 

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マラウイハニー♪

マンゴーのはちみつだそうです。

詳細はHP: http://www.malawi.jp/ をご参照ください。

早速、私も一つ注文してみました。
個人的に、はちみつ大好きで、瓶も可愛いし届くのが楽しみです♪

この会社の代表を務めておられる水野さんは、
クリスチャンビジネスマンで、以前ご紹介したFGBのメンバーの方のようです。

この働きを神さまが豊かに祝福してくださることを祈ります。

 

2012年2月12日 (日)

祈りによって広がる

今日も最高のメッセージを感謝します。
祈りにおいてとても励まされました。
一部ですがシェアします。

◆聖書:新約聖書 ピリピ4章6~7節

◆説教タイトル:「祈りによって広がる」

4:6 何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、
  感謝をもってささげる祈りと願いによって、
  あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
4:7 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、
  あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

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・地境が広がるためには祈ることが必要です。
イエスさまを信じる人は、
どんな状況やどんな出来事に対しても
「祈る」という反応をするのです。

・ダニエルは祈りによって地境を広げてもらった人です。
彼はバビロン王の理不尽な要求や他の人々の対応に巻き込まれて窮地に陥りました。
それでも祈りました。
結果としてダニエルの地位は高まりました。(ダニエル2章)

・ダニエルはまわりの人の悪意によって罠にかけられました。
そのときにもダニエルは祈りました。
その結果、彼の影響はさらに広がっていったのです。

・祈ることによって神さまの力が私たちに与えられます。
私たちは心に平安をもち、正しい思いと心で、正しい決断をすることができます。
これもイエスさまの十字架と復活によって、私たちが神さまと再び結びつくからです。

 

2012年2月11日 (土)

青森ジョイフルチャペル

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本当に毎日寒い日が続いていますが
みなさん体調など守られますようにお祈りしています。

今日は、青森県にある
『青森ジョイフルチャペル』をご紹介します。

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青森キリスト教会 ジョイフル・チャペル
住所    〒038-0001
      青森県青森市新田1-12-13
TEL/FAX 017-766-8840
HP 
http://www7b.biglobe.ne.jp/~joyful8068/index.html

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牧師をされている澁谷友光先生と奥さまの久美子先生は
一郎先生、友代先生の神学校時代からのご友人で
私たちの教会にも何度も足を運んでくださっています。

本当にあたたかいお人柄で
感動の涙を流しながらイエスさまの愛を伝えてくださったことを覚えています。

青森はこの時期、積雪が多く、寒さの厳しい地域です。
この冬を乗り越えることが出来るようにまた神さまの守りがあるように
みんなで一緒に祈りましょう。

2012年2月10日 (金)

イエス・キリストの生涯

1 その到来は、旧約聖書の中に預言されています。

  その家系  ダビデの家系から生まれる。(第二サムエル7:12~13)
  誕生の場所 ベツレヘム。(ミカ5:2)
  処女降誕  処女マリヤから生まれた。
          「見よ乙女がみごもっている」(イザヤ7:14)

  生涯と死  人々の罪を身代わりに負って死ぬ。(イザヤ53章)

2 その生涯

○誕生

  奇蹟的な誕生をもって来られた。処女降誕。

○幼年期

  知恵に満ちていた。(ルカ2:52

○神について、神の国について教えられた。

  イエスの教えは、今も多くの人々に影響を与えています。
  旧約のどの預言者よりも、神ご自身である御子が、最も分かり易く、
  明確に父なる神について解き明かしてくださいました。

○奇蹟を行われた。

  聖書には多くの奇蹟が書かれています。
  
  病人の癒し、悪霊の追い出し、パンを増やす、水をぶどう酒に変える、
  水の上を歩く、嵐を静める、死人を生き返らせる、など。
  
  通常では考えられないようなことが起こっていたので、
  人々はイエスのもとに殺到し、ユダヤの王にしようとまで考えていました。
  しかし、イエスはご自分がこの世界に来られた目的に向かって進んでおられました。
  それは十字架です。

○十字架で死なれた。

  群衆はイエスを慕っていましたが、
  当時の宗教指導者たちは、イエスを快く思っていませんでした。
  彼らは「妬んだ」と書いてあります。
  人々がイエスを信じるのを妬み、殺意を抱くようになり、
  イエスを殺す計画を立てます。
  それが十字架でした。
  イエスはそのことをご存知でしたが、そこから逃げず、
  彼らの陰謀を受けられ、処刑されました。

  イエスが十字架刑になったのは、何か犯罪を犯したからではありません。
  当時、裁判をした政治指導者のピラトは何度も
  「この人には何の罪も見つからない」と主張したのです。
  しかし、当時の宗教指導者たちの圧力から、処刑されるに至りました。

  十字架上でイエスが語られた言葉の中の一つに、ルカ23:34
  「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

  という祈りがあります。
  今自分を殺そうとしている人々の赦しのために
  祈ることが私たちには出来るでしょうか。
  ルカ23:33~48を読んでみましょう。

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○復活された。
  
  十字架にかかって後、三日目にイエスは墓の中から、蘇られました。
  これもまた大きな奇蹟です。
  しかし、イエスは十字架にかかるずっと前から、
  ご自分が殺されて三日目に蘇るということを語っておられます。
  (マタイ16:21、マタイ20:18~19など
  そして実際にイエスが処刑され絶望していた弟子たちの所に、
  イエスは体をもって現れたのです。
  ヨハネの福音書20章を読んでみましょう。

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2012年2月 9日 (木)

小羊に誉れあれ

イエスさまのことを
傷もなく汚れもない小羊のようなキリストとして聖書に描写されています。

私たちは今日もイエスさまの十字架と復活を思い起こし
感謝と賛美を捧げます。

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『小羊に誉れあれ』

主よありがとう 十字架の代価を

わが罪と恥 負われた なんという愛

主よありがとう 刺し通された手を

私を洗い ただ赦し 御手にいだかれる

御座におられる 尊き小羊

多くの冠受け 勝利で治める

いと高き 神の御子 釘づけのひとり子

小羊に 誉れあれ

2012年2月 8日 (水)

聖餐式

私たちの教会では毎月1回、聖餐式を礼拝の中でします。
聖餐式とは、
イエスさまが私たちの罪のために十字架にかかってくださり
死んで葬られ、
三日目によみがえって、今も生きておられることを覚える時です。
そして、私たちの地境が広がるように信じて希望を持つときです。

イエスさまが、十字架に向かわれる前に語られた言葉。。。

11:23 私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。
   すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、
11:24 感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。
   「これはあなたがたのための、わたしのからだです。
   わたしを覚えて、これを行ないなさい。」
11:25 夕食の後、杯をも同じようにして言われました。
   「この杯は、わたしの血による新しい契約です。
   これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。」
11:26 ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、
   主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。
11:27 したがって、もし、ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、
   主のからだと血に対して罪を犯すことになります。
11:28 ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。
11:29 みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、
   その飲み食いが自分をさばくことになります。(第一コリント11:23~29)

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用意されるのは小さなパンと小さなグラスのぶどうジュースです。
イエスさまのこの言葉を思い巡らし、
この聖餐に与るとき、食べること飲むことと同じぐらい
イエスさまの十字架と復活はリアルなものなのだなぁと
感謝が湧き上がります。

そしてこれこそが私の救いであるという確信が増し加えられます。

私たちは誰一人、自分で自分を救えない。
罪はそれほどまでに深刻なものです。
でも、イエスさまを通してあらわしてくださった神さまの恵みは
それ以上に大きいんです!!!

イエスさまに栄光がありますように。。。
感謝します!

2012年2月 7日 (火)

2012年度 教会ミーティング

私たちの教会は2011年、『新しい地に踏み出す』という目標を掲げ
教会全体、また個々人の生活においても新しいことに挑戦していきました。
神さまが一つ一つを祝福してくださったことを本当に感謝します。

日曜日は2012年度の教会ミーティングがありました。
みんなが心を一つにして、イエスさまのために生きる歩みを
支え合っていくのに、本当に大切な時です。

2012年度の私たちの教会目標は

【私の地境を広げてください】

①先行きの不安と閉塞感が漂う今日、縮こまってしまうのではなく、
 イエスさまを信じて、私たちの人生と働きと人間関係が広がる。

②自分だけでなくまわりの人へ関心をもち、愛する心で仕える。

③教会堂に招くとともに、出かけていく。

④神さまのことばと福音が周囲に広がっていく。

⑤いつでも祈るたくましさをもって広がる。

◆聖書 歴代誌第一 4章10節
ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。
「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。
御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて
私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」
そこで神は彼の願ったことをかなえられた。

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神さまがこの新しい年にどんなサプライズをしてくださるか
今からワクワクします!
神さま、私たちはあなたに期待しています!!

2012年2月 6日 (月)

地境が広がるために

神さまが私たちを新しいステージに導こうとしてくださっていること感謝します。
それでは、日曜日の礼拝メッセージの一部をシェアします。

聖書:新約聖書 ルカ5章1~11節

◆説教タイトル:「地境が広がるために」

5:1 群衆がイエスに押し迫るようにして神のことばを聞いたとき、
  イエスはゲネサレ湖の岸べに立っておられたが、
5:2 岸べに小舟が二そうあるのをご覧になった。
  漁師たちは、その舟から降りて網を洗っていた。
5:3 イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟にのり、
  陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。
  そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。
5:4 話が終わると、シモンに、
  「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と言われた。
5:5 するとシモンが答えて言った。
  「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。
  でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」
5:6 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚がはいり、網は破れそうになった。
5:7 そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。
  彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、
  二そうとも沈みそうになった。
5:8 これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、
  「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。」と言った。
5:9 それは、大漁のため、彼もいっしょにいたみなの者も、ひどく驚いたからである。
5:10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じであった。
  イエスはシモンにこう言われた。
  「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」
5:11 彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。

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・今日読んだところは、ペテロがイエスさまの弟子となって地境が広げられたところです。
このことは、イエスさまが願ったことでした。
イエスさまは私たちの人生に願いをもち、私たちの地境を広げたいと考えておられます。

・地境が広がり、私たちの働きやよい影響が広がるために必要なことは、決断することです。
イエスさまのことばに信頼して決断することです。
選んで決断することは他の可能性を捨てることです。
でもこれこそが可能性を現実にするものです。

・ペテロはイエスさまの前で自分の姿に気づきました。
地境を広げることをとどめるのは、私たち自身です。
私たちの考えや経験やプライドや自己中心が、実は私たちの人生の広がりを妨げています。
イエスさまはそこを変えてくださいます。
イエスさまに自分をゆだねるなら、イエスさまは私たちの人生を祝福して下さるのです。

2012年2月 5日 (日)

受肉

神であり、人である

神であ・・・「受肉」 神が人の形を取って来られた方。

ヨハネ1:1、14
「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」
「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」

ヨハネ17:5
「父よ、・・・世界が存在する前に、
ごいっしょにいて持っていましたあの栄光で輝かせてください。」

三位一体の御子なる神が、
人の姿をとってこの世界に来られたという出来事を受肉と言います。
マタイ1:18~25を読みましょう。
ここには処女マリヤからイエスは誕生されたと書かれています。
神は、神が人となるという出来事を、
処女降誕という奇蹟をもって実現されました。
処女がみごもるということは人間にとって考えられないような奇蹟です。
それほどに受肉という出来事は大きなことだったのです。

である・・・人間として誕生された。

イエスは、普通の人とまったく同じ人間としての肉体を持たれました。
神だから、疲れないというような体ではなかったのです。

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2012年2月 4日 (土)

三位一体の御子なる神(2)

父、子、聖霊の主な役割

父、子、聖霊なる神は、完全に一致し同じ目的をもって、
完全な協力をもって働かれますが、それぞれに、特徴的な働きがあります。

○父なる神は、創造と統治の主役として書かれています。

○イエス・キリストは、十字架で贖いの死を遂げるという、
 救いの完成において主役として書かれています。

○聖霊なる神は、宣教と教会形成、
 クリスチャンの成長に関わる方として主役です。

しかし、これらの働きは、それぞれがバラバラに担当しておられるわけではなく、
全ての働きに三位一体の神として、ともに働いておられるのです。

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間違った教えに注意する!

三位一体の教えは、人間が作り出した神観ではありません。
これは、人間の理解を越えているものです。
聖書の中にも、「三位一体」という言葉そのものは出てきませんが、
聖書に現されている神は、不思議な三位一体の神なのです。
クリスチャンは聖書に現されているのが、三位一体としての神なので、
人間の理性で完全に捕らえきれなくても、この神を信じているのです。

「三位一体の神」という神観は、非常に重要なものです。
理性で把握しきれませんが、これを受け入れることで、
聖書のいわんとするメッセージを、正確に受け取ることが出来るのです。
反対に、この神観をゆがめてしまうと、
聖書の言いたいことが、全く伝わりません。

キリスト教の異端といわれる、エホバの証人や統一教会では、三位一体を否定し、
神は父なる神だけで、イエスも聖霊も神ではないと、主張します。
初代教会の時代から、このような間違った教えは、はびこっており、
キリスト教会はいつの時代も、正しい神観を伝えるために奮闘してきました。
三位一体を否定する教えは、キリスト教によく似ていても、
結果的に救いの根幹の部分を大きく歪めてしまい、全く異なる教えとなります。
聖書はそれを「異なる福音」として厳しく警戒しています。
神は「父なる神」のみ、としたほうが、理性で分かり易いので、
その教えに惑わされる人々もいるのですが、
私たちは本当に聖書が伝えている神をこそ信じるべきです。

2012年2月 3日 (金)

三位一体の御子なる神(1)

三位一体とは

キリスト教では、「神は唯一である」「神はただ一人である」
という表現をしますが、その唯一の神は、
厳密にいうと「三位一体の神」として、聖書に教えられています。

それは、「父、子、聖霊の一人の神」なのです。

本質は一つですが、その一人のうちに、
三つの異なった位格(Persona人間でいえば人格のようなもの)を持っています。
「父なる神」
「子なる神(イエス・キリスト)」
「聖霊なる神」

では三人いるのかというと、そうではありません。
聖書では、この三つの位格を混同してはいませんが、分離してもいません。

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アタナシウス信条

「我々は、唯一の神を三位において、三位を一体において礼拝する。
しかも、位格を混同することなく、本質を分離することなく。」

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唯一の神は、父、子、聖霊の三つの位格を備えています。
そして三つの位格でありながら、一つの本質と属性を備えています。
いつも一つの思いと目的をもって働かれる神なのです。
そこには人間の理解をはるかに超えた調和があります。
神としての本質も一つなのです。
それはひとりの神と表現して全く問題がないものです。

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     ★ ポイント ★

三位一体という言葉が表す内容の重要な点は、
神さまの中に
「関係がある、交わりがある」ということです。
父、子、聖霊なる神は、世界中のどこにもないほどの
愛と信頼の関係で結びついておられます。
世界を創造なさる前から、神の間には強い愛が存在していました。
そして、その溢れる愛をもって私たち人間を創造されたのです。
神は愛をもって人間を創造し、
そして人間同士も互いに愛し合うように「男と女に」創造されました。
人間はひとりで生きるように造られていません。
それは人間の中に存在する神の似姿「神のかたち」のあらわれでもあります。

2012年2月 2日 (木)

「魂歌-tamauta-」

礼拝の中で歌った賛美を紹介します。

私たちは神さまの栄光がこの地を満たすことを
心から願って賛美とともに待ち望んでいます。

『その日全世界が[魂歌]』

わが神主よ 見させたまえ
偉大なるその計画

天が開き 光が満ち
シオンの上に とどまる

救いの御業 全地を覆い
喜びの歌 響かせ

その正義は 平和を呼ぶ
主の御霊が 流れる

その日 全世界が
主の御名 高く掲げる

叫べ 王の王イエスに
ハレルヤ
栄光 永遠(とわ)にあれ

王の王なる主イエスに
全能なる主イエスに

勝利者なる小羊に
栄光 永遠(とわ)にあれ

Sora

 
以前、ご紹介した若者たちが熱く賛美を捧げる
『GROWING UP(グローイング・アップ)』・・・

エペソ人への手紙4章11-16節に基づき、
「キリストに向かって成長していこう!」
と熱く願う若者たちが集結し、
札幌を中心に2000年から活動。
賛美、ストリートライブなどの音楽活動、
聖書からのメッセージ、祈りを共にし、
日本のリバイバルのため日々成長するグループ(集会)。
これまでに、「Growing Up!」「HOT SONG」「LOVE」「魂歌」「永久歌」をリリースし、
全国の教会・聖会で賛美されるようになっている。
                  (一部情報サイトより抜粋)

私たちの教会でもみんな大好きでよく賛美しています。

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特に、「魂歌-tamauta-」は
和太鼓、三線なども採り入れ、
日本人クリスチャンとしてこの国独自の賛美を神に捧ていて
とっても熱いです!

今回ご紹介した、『その日全世界が』はこのアルバムに収録されています。
みなさんも、是非聴いてみてくださいね!
おすすめです♪

 

2012年2月 1日 (水)

救い主キリスト

キリスト教基礎コース、続けて見ていきましょう。

イエス・キリストとはどういう方なのでしょうか。
キリスト教の教祖という人もいれば、
すばらしい道徳家という人もいます。
ではイエス・キリストについて、聖書はなんと言うのでしょうか。

「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、
聖書を調べています。
その聖書が、わたしについて証言しているのです。」(ヨハネ5:39)

イエス・キリストは聖書の中心主題です。
たとえ聖書の中から、真理や高い道徳観や聖い生き方を学んだとしても、
もしイエス・キリストについて正しく知らなければ、
それはただの知識で終わってしまいます。

「しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、
あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、
イエスの御名によっていのちを得るためである。」

Love

イエス・キリストが来られたのは、私たちが彼を信じて救われるためです。
では、イエス・キリストを信じて救われるとは、どういうことなのかを
次回から学びます。
お楽しみに♪

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