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2012年8月

2012年8月29日 (水)

イエスさまに弟子入り

◆説教タイトル:「イエスさまに弟子入り」
◆聖書 新約聖書 マルコ3章7~19節

3:7 それから、イエスは弟子たちとともに湖のほうに退かれた。
すると、ガリラヤから出て来た大ぜいの人々がついて行った。
またユダヤから、
3:8 エルサレムから、イドマヤから、ヨルダンの川向こうやツロ、シドンあたりから、
大ぜいの人々が、イエスの行なっておられることを聞いて、みもとにやって来た。

3:9 イエスは、大ぜいの人なので、押し寄せて来ないよう、
ご自分のために小舟を用意しておくように弟子たちに言いつけられた。

3:10 それは、多くの人をいやされたので、病気に悩む人たちがみな、
イエスにさわろうとして、みもとに押しかけて来たからである。

3:11 また、汚れた霊どもが、イエスを見ると、みもとにひれ伏し、
「あなたこそ神の子です。」と叫ぶのであった。

3:12 イエスは、ご自身のことを知らせないようにと、きびしく彼らを戒められた

3:13 さて、イエスは山に登り、ご自身のお望みになる者たちを呼び寄せられたので、
彼らはみもとに来た。

3:14 そこでイエスは十二弟子を任命された。
それは、彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ、
3:15 悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。

3:16 こうして、イエスは十二弟子を任命された。
そして、シモンにはペテロという名をつけ、
3:17 ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、
このふたりにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。
3:18 次に、アンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、
アルパヨの子ヤコブ、タダイ、熱心党員シモン、
3:19 イスカリオテ・ユダ。このユダが、イエスを裏切ったのである。

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・イエスさまは押し寄せる大勢の人々の必要にこたえ、
病気をいやし、悪霊を追い出されました。
イエスさまは私たちを愛しておられるので、私たちを助けて下さいます。
このことを信じて祈りましょう。

・イエスさまは群衆の必要にこたえるだけでなく、
ご自分の弟子を選ばれました。
イエスさまは私たち一人一人もイエスさまの弟子になることを願っておられます。
それは私たちがイエスさまのように考え、行動し、イエスさまのように生きるためです。
弟子になるためには、イエスさまのそばにいることが必要です。
イエスさまとの親しい関係によって、イエスさまの弟子になることができます。

・もしイエスさまの弟子になるなら、もっとイエスさまの事を知ることができます。
そうすると私たちは自由になることができます。
イエスさまを伝えることができ、多くの人々が救われるために働くことができるのです。

2012年8月22日 (水)

神さまの戒めは私たちの幸せのため

説教タイトル 「神さまの戒めは私たちの幸せのため」
聖書 新約聖書 マルコ2章23節~3章6節

ある安息日のこと、イエスは麦畑の中を通って行かれた。
すると、弟子たちが道々穂を摘み始めた。

すると、パリサイ人たちがイエスに言った。
「ご覧なさい。なぜ彼らは、安息日なのに、
してはならないことをするのですか。」

イエスは彼らに言われた。
「ダビデとその連れの者たちが、食物がなくてひもじかったとき、
ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。
アビヤタルが大祭司のころ、ダビデは神の家に入って、
祭司以外の者が食べてはならない供えのパンを、
自分も食べ、またともにいた者たちにも与えたではありませんか。」

また言われた。
「安息日は人間のために設けられたのです。
人間が安息日のために造られたのではありません。
人の子は安息日にも主です。」

イエスはまた会堂に入られた。
そこに片手のなえた人がいた。

彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた。
イエスを訴えるためであった。

イエスは手のなえたその人に
「立って真ん中に出なさい」と言われた。

それから彼らに、
「安息日にしてよいのは、善を行なうことなのか、
それとも悪を行なうことなのか。
いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」と言われた。
彼らは黙っていた。

イエスは怒って彼らを見回し、
その心のかたくななのを嘆きながら、
その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。
彼は手を伸ばした。
するとその手が元どおりになった。

そこでパリサイ人たちは出て行って、
すぐにヘロデ党の者たちといっしょになって、
イエスをどのようにして葬り去ろうかと相談を始めた。

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・イエスさまに敵対するパリサイ人や律法学者は、
安息日に関してイエスさまを批判しました。
彼らは戒めの本質を忘れて、
戒めを守ることに捕らわれていました。
それに対して、イエスさまは
神さまの戒めは私たちの幸せと祝福のためにあることを教えられました。

・神さまの戒めをなぜ守るのでしょうか。
私たちの祝福のためです。
それ以上に、私たちは神さまに従うことが本来の生き方だからです。
さらに、神さまが私たちを愛して下さるので、
私たちも感謝を込めて神さまを愛し、
だからこそ神さまの戒めに従うのです。
神さまの愛はイエスさまが十字架で死んでくださったことで
はっきりわかります。

・ただ、高慢にならず、謙遜になりましょう。
高慢は悔い改めを阻み、神さまを知ることを妨げます。
イエスさまは私たちの高慢のためにも十字架にかかってくださいました。

2012年8月20日 (月)

オリーブ山便り

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複雑で難解な中東情勢
少しづつでも知って
聖霊さまに導きを願って祈っていきたいと思っています。

そこで、今回は
イスラエルを中心とした中東・世界のニュースをエルサレムから
発信しておられる石堂ゆみ先生のブログを紹介していただいたので
ここでもお伝えします。

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オリーブ山便り
http://mtolive.blog.fc2.com/

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リアルタイムで現地の情報を発信してくださっています。
緊迫した情勢が続いている中、本当に尊いお働きを感謝します。

石堂先生のお働きが守られ祝福されますようにお祈りしています。

2012年8月15日 (水)

イエスさまはあなたを招いておられる

説教タイトル 「イエスさまはあなたを招いておられる」
聖書 新約聖書 マルコ2章13~22節

イエスはまた湖のほとりに出て行かれた。
すると群衆がみな、みもとにやって来たので、彼らに教えられた。

イエスは、道を通りながら、
アルパヨの子レビが収税所にすわっているのをご覧になって、
「わたしについて来なさい」と言われた。
すると彼は立ち上がって従った。

それから、イエスは、彼の家で食卓に着かれた。
取税人や罪人たちも大ぜい、
イエスや弟子たちといっしょに食卓に着いていた。
こういう人たちが大ぜいいて、イエスに従っていたのである。

パリサイ派の律法学者たちは、
イエスが罪人や取税人たちといっしょに食事をしておられるのを見て、
イエスの弟子たちにこう言った。
「なぜ、あの人は取税人や罪人たちといっしょに食事をするのですか。」

イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。
「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

ヨハネの弟子たちとパリサイ人たちは断食をしていた。
そして、イエスのもとに来て言った。
「ヨハネの弟子たちやパリサイ人の弟子たちは断食するのに、
あなたの弟子たちはなぜ断食しないのですか。」

イエスは彼らに言われた。
「花婿が自分たちといっしょにいる間、
花婿につき添う友だちが断食できるでしょうか。

花婿といっしょにいる時は、断食できないのです。

しかし、花婿が彼らから取り去られる時が来ます。
その日には断食します。

だれも、真新しい布切れで古い着物の継ぎをするようなことはしません。
そんなことをすれば、新しい継ぎ切れは古い着物を引き裂き、
破れはもっとひどくなります。

また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れるようなことはしません。
そんなことをすれば、ぶどう酒は皮袋を張り裂き、
ぶどう酒も皮袋もだめになってしまいます。
新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるのです。」

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・イエスさまは、当時嫌われていた取税人レビを弟子として招きました。
イエスさまは、人がお互いを見て評価するのとは違う目で
私たちを見ておられます。
そして私たちを新しいところへ招いておられます。

・イエスさまの招きに答える条件や資格はありません。
ただ、自分が罪人と認めることが必要です。
正しい人と罪人の2種類があるのではありません。
自分を正しいと思う人と、
自分を罪人と認めて救いを求める人の2種類があるのです。
私たちは誰も神さまの前で正しくありません。
だから神さまの目から見て自分が罪人であると認めることが必要であり、
認めた時にイエスさまの十字架によって赦されるのです。

・イエスさまが私たちを招いているのは、
掟や決まり事を守って正しく生きることではありません。
聖書のことばと聖霊の働きによって、
神さまを信じて希望を抱く生活に変わります。
新しいぶどう酒を入れる新しい皮袋です。

2012年8月 8日 (水)

もっと大事なことを知る

説教タイトル:「もっと大事なことを知る」
聖書 新約聖書 マルコ1章40節~2章12節

さて、ツァラアトに冒された人がイエスのみもとにお願いに来て、
ひざまずいて言った。
「お心一つで、私をきよくしていただけます。」

イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。
「わたしの心だ。きよくなれ。」

すると、すぐに、そのツァラアトが消えて、その人はきよくなった。

そこでイエスは、彼をきびしく戒めて、すぐに彼を立ち去らせた。
そのとき彼にこう言われた。
「気をつけて、だれにも何も言わないようにしなさい。
ただ行って、自分を祭司に見せなさい。

そして、人々へのあかしのために、モーセが命じた物をもって、
あなたのきよめの供え物をしなさい。」

ところが、彼は出て行って、この出来事をふれ回り、言い広め始めた。
そのためイエスは表立って町の中に入ることができず、
町はずれの寂しい所におられた。
しかし、人々は、あらゆる所からイエスのもとにやって来た。

  

数日たって、イエスがカペナウムにまた来られると、
家におられることが知れ渡った。

それで多くの人が集まったため、
戸口のところまですきまもないほどになった。
この人たちに、イエスはみことばを話しておられた。

そのとき、ひとりの中風の人が四人の人にかつがれて、
みもとに連れて来られた。

群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、
その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、
中風の人を寝かせたままその床をつり降ろした。

イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、
「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。

ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、
心の中で理屈を言った。
「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。
神をけがしているのだ。
神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。」

彼らが心の中でこのように理屈を言っているのを、
イエスはすぐにご自分の霊で見抜いて、こう言われた。

「なぜ、あなたがたは心の中でそんな理屈を言っているのか。
中風の人に、『あなたの罪は赦された』と言うのと、
『起きて、寝床をたたんで歩け』と言うのと、どちらがやさしいか。
人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、
あなたがたに知らせるために。」

こう言ってから、中風の人に、
「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」
と言われた。

すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、
みなの見ている前を出て行った。
それでみなの者がすっかり驚いて、
「こういうことは、かつて見たことがない」と言って神をあがめた。

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・イエスさまは、私たちの人生の「専門家」であり、
私たちのはできないことをすることが出来ます。
イエスさまは重い皮膚病の人も中風の人も癒されました。
私たちも諦めずにイエスさまに期待しましょう。

・しかし、イエスさまは悩みやトラブルを解決してくれる
便利な人ではありません。
イエスさまが皮膚病の人に「誰にも話してはいけない」と言われたのは
なぜでしょうか。
人々が期待するイエスさまと、
イエスさまの本当の姿と役割が違うからです。
イエスさまは私たちが従うべき方です。

・イエスさまが中風の人に「あなたの罪は赦された」と
最初に言われたのはなぜでしょうか。
イエスさまが罪を赦す権威を持っていることを示すためです。
なぜなら、私たちの罪が最も大きな問題であり、
イエスさまは私たちの罪を赦し、
神さまと私たちの関係を回復して下さる方だからです。
この大事なことを知ることが出来ますように。

2012年8月 1日 (水)

神さまの前に静まる時

◆説教タイトル:「神さまの前に静まる時」
◆聖書 新約聖書 マルコ1章32~45節

夕方になった。
日が沈むと、人々は病人や悪霊につかれた者をみな、イエスのもとに連れて来た。
こうして町中の者が戸口に集まって来た。

イエスは、さまざまの病気にかかっている多くの人をお直しになり、
また多くの悪霊を追い出された。
そして悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。
彼らがイエスをよく知っていたからである。

さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、
寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。

シモンとその仲間は、イエスをを追って来て、
彼を見つけ、「みんながあなたを捜しております。」と言った。

イエスは彼らに言われた。
「さあ、近くの別の村里へ行こう。そこにも福音を知らせよう。
わたしは、そのために出て来たのだから。」

こうしてイエスは、ガリラヤ全地にわたり、その会堂に行って、
福音を告げ知らせ、悪霊を追い出された。

さて、ひとりのらい病人が、イエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。
「お心一つで、私はきよくしていただけます。」

イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。
「わたしの心だ。きよくなれ。」

すると、すぐに、そのらい病が消えて、その人はきよくなった。
そこでイエスは、彼をきびしく戒めて、すぐに彼を立ち去らせた。

そのとき彼にこう言われた。
「気をつけて、だれにも何も言わないようにしなさい。
ただ行って、自分を祭司に見せなさい。
そして、人々へのあかしのために、モーセが命じた物をもって、
あなたのきよめの供え物をしなさい。」

ところが、彼は出て行って、この出来事をふれ回り、言い広め始めた。
そのためイエスは表立って町の中にはいることができず、
町はずれの寂しい所におられた。
しかし、人々は、あらゆる所からイエスのもとにやって来た。

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・イエスさまは、福音を伝え、病人を直し、多くの人を悪霊から救い出されました。
イエスさまは今も私たちの人生において働いて下さる方です。

・イエスさまは同時に、人々から、自分が働く場所から離れ、退かれ、
一人神さまの前で時を過ごすことを大切にしておられました。
まして私たちには神さまの前に出て、静まり、
祈る時、神さまのことばを聞くときが必要です。
忙しい現代であっても、
神さまの前に静まることが私たちにとって欠かすことができない休息であり、
充電の時です。
このような機会があってこそ、
私たちもイエスさまのように働くことができます。

・私たちは、自分が願うイエスさま像を期待してはいけません。
本当に聖書が教えて下さるイエスさま、
私たちの人生の主であり中心であるイエスさまを信じる必要があります。

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