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2012年8月22日 (水)

神さまの戒めは私たちの幸せのため

説教タイトル 「神さまの戒めは私たちの幸せのため」
聖書 新約聖書 マルコ2章23節~3章6節

ある安息日のこと、イエスは麦畑の中を通って行かれた。
すると、弟子たちが道々穂を摘み始めた。

すると、パリサイ人たちがイエスに言った。
「ご覧なさい。なぜ彼らは、安息日なのに、
してはならないことをするのですか。」

イエスは彼らに言われた。
「ダビデとその連れの者たちが、食物がなくてひもじかったとき、
ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。
アビヤタルが大祭司のころ、ダビデは神の家に入って、
祭司以外の者が食べてはならない供えのパンを、
自分も食べ、またともにいた者たちにも与えたではありませんか。」

また言われた。
「安息日は人間のために設けられたのです。
人間が安息日のために造られたのではありません。
人の子は安息日にも主です。」

イエスはまた会堂に入られた。
そこに片手のなえた人がいた。

彼らは、イエスが安息日にその人を直すかどうか、じっと見ていた。
イエスを訴えるためであった。

イエスは手のなえたその人に
「立って真ん中に出なさい」と言われた。

それから彼らに、
「安息日にしてよいのは、善を行なうことなのか、
それとも悪を行なうことなのか。
いのちを救うことなのか、それとも殺すことなのか」と言われた。
彼らは黙っていた。

イエスは怒って彼らを見回し、
その心のかたくななのを嘆きながら、
その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。
彼は手を伸ばした。
するとその手が元どおりになった。

そこでパリサイ人たちは出て行って、
すぐにヘロデ党の者たちといっしょになって、
イエスをどのようにして葬り去ろうかと相談を始めた。

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・イエスさまに敵対するパリサイ人や律法学者は、
安息日に関してイエスさまを批判しました。
彼らは戒めの本質を忘れて、
戒めを守ることに捕らわれていました。
それに対して、イエスさまは
神さまの戒めは私たちの幸せと祝福のためにあることを教えられました。

・神さまの戒めをなぜ守るのでしょうか。
私たちの祝福のためです。
それ以上に、私たちは神さまに従うことが本来の生き方だからです。
さらに、神さまが私たちを愛して下さるので、
私たちも感謝を込めて神さまを愛し、
だからこそ神さまの戒めに従うのです。
神さまの愛はイエスさまが十字架で死んでくださったことで
はっきりわかります。

・ただ、高慢にならず、謙遜になりましょう。
高慢は悔い改めを阻み、神さまを知ることを妨げます。
イエスさまは私たちの高慢のためにも十字架にかかってくださいました。

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