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2012年9月

2012年9月26日 (水)

聞いていることに注意!

◆説教タイトル:「聞いていることに注意!」
◆聖書 新約聖書 マルコ4章21~34節

4:21 また言われた。
「あかりを持って来るのは枡の下や寝台の下に置くためでしょうか。
燭台の上に置くためではありませんか。
4:22 隠れているのは、必ず現われるためであり、
おおい隠されているのは、明らかにされるためです。
4:23 聞く耳のある者は聞きなさい。」

4:24 また彼らに言われた。
「聞いていることによく注意しなさい。
あなたがたは、人に量ってあげるその量りで、自分にも量り与えられ、
さらにその上に増し加えられます。

4:25 持っている人は、さらに与えられ、
持たない人は、持っているものまでも取り上げられてしまいます。」

4:26 また言われた。
「神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、
4:27 夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、
種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。

4:28 地は人手によらず実をならせるもので、
初めに苗、次に穂、次に穂の中に実がはいります。
4:29 実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。」

4:30 また言われた。
「神の国は、どのようなものと言えばよいでしょう。何にたとえたらよいでしょう。

4:31 それはからし種のようなものです。
地に蒔かれるときには、地に蒔かれる種の中で、一番小さいのですが、
4:32 それが蒔かれると、生長してどんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が巣を作れるほどになります。」

4:33 イエスは、このように多くのたとえで、彼らの聞く力に応じて、みことばを話された。

4:34 たとえによらないで話されることはなかった。
ただ、ご自分の弟子たちにだけは、すべてのことを解き明かされた。

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2012年9月19日 (水)

生きる知恵、生きる力

◆説教タイトル:「生きる知恵、生きる力」
◆聖書 新約聖書 マルコ9章14~29節

9:14 さて、彼らが、弟子たちのところに帰って来て、
見ると、その回りに大ぜいの人の群れがおり、
また、律法学者たちが弟子たちと論じ合っていた。

9:15 そしてすぐ、群衆はみな、イエスを見ると驚き、走り寄って来て、あいさつをした。

9:16 イエスは彼らに、「あなたがたは弟子たちと何を議論しているのですか。」と聞かれた。

9:17 すると群衆のひとりが、イエスに答えて言った。
「先生。おしの霊につかれた私の息子を、先生のところに連れてまいりました。
9:18 その霊が息子に取りつきますと、所かまわず彼を押し倒します。
そして彼はあわを吹き、歯ぎしりして、からだをこわばらせてしまいます。
それでお弟子たちに、霊を追い出してくださるようにお願いしたのですが、
お弟子たちにはできませんでした。」

9:19 イエスは答えて言われた。
「ああ、不信仰な世だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。
いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。
その子をわたしのところに連れて来なさい。」

9:20 そこで、人々はイエスのところにその子を連れて来た。
その子がイエスを見ると、霊はすぐに彼をひきつけさせたので、
彼は地面に倒れ、あわを吹きながら、ころげ回った。

9:21 イエスはその子の父親に尋ねられた。
「この子がこんなになってから、どのくらいになりますか。」
父親は言った。「幼い時からです。
9:22 この霊は、彼を滅ぼそうとして、何度も火の中や水の中に投げ込みました。
ただ、もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助けください。」

9:23 するとイエスは言われた。
「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」

9:24 するとすぐに、その子の父は叫んで言った。
「信じます。不信仰な私をお助けください。」

9:25 イエスは、群衆が駆けつけるのをご覧になると、
汚れた霊をしかって言われた。
「おしとつんぼの霊。わたしが、おまえに命じる。
この子から出て行きなさい。二度と、はいってはいけない。」

9:26 するとその霊は、叫び声をあげ、その子を激しくひきつけさせて、出て行った。
するとその子が死人のようになったので、多くの人々は、
「この子は死んでしまった。」と言った。

9:27 しかし、イエスは、彼の手を取って起こされた。
するとその子は立ち上がった。

9:28 イエスが家にはいられると、弟子たちがそっとイエスに尋ねた。
「どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが。」

9:29 すると、イエスは言われた。
「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」

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・人生には知恵が必要です。
私たちのまわりにはいろいろな知恵があります。
聖書も私たちに知恵を与えて下さいます。
それだけでなく、聖書は生きている神さまの力を教えてくれます。

・イエスさまは息子の病気でとても辛い思いをしている父親に、
ご自分を信じるように励まされました。
イエスさまは私たちが信じることを求めておられます。

・父親がイエスさまを信じた時に、
彼の態度や姿勢が変わっただけではありません。
今までない奇跡が起こり、息子は解放されたのです。
私たちはイエスさまの奇跡を期待して生きるのです。

・イエスさまを信じるためには、頭で理解したり心で共感するだけでなく、
もっと深い「霊的」なところで知って信じることが必要です。
このために祈りましょう。
聖霊がイエスさまを教えてくれ、信じることができるようにしてくれます。

2012年9月12日 (水)

聞き上手になろう

◆説教タイトル:「聞き上手になろう」
◆聖書 新約聖書 マルコ4章1~20節

4:1 イエスはまた湖のほとりで教え始められた。
おびただしい数の群衆がみもとに集まった。
それでイエスは湖の上の舟に乗り、そこに腰をおろされ、群衆はみな岸べの陸地にいた。

4:2 イエスはたとえによって多くのことを教えられた。
その教えの中でこう言われた。

4:3 「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出かけた。

4:4 蒔いているとき、種が道ばたに落ちた。
すると、鳥が来て食べてしまった。

4:5 また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。
土が深くなかったので、すぐに芽を出した。
4:6 しかし日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。

4:7 また、別の種がいばらの中に落ちた。
ところが、いばらが伸びて、それをふさいでしまったので、実を結ばなかった。

4:8 また、別の種が良い地に落ちた。
すると芽ばえ、育って、実を結び、三十倍、六十倍、百倍になった。」

4:9 そしてイエスは言われた。「聞く耳のある者は聞きなさい。」

4:10 さて、イエスだけになったとき、いつもつき従っている人たちが、
十二弟子とともに、これらのたとえのことを尋ねた。

4:11 そこで、イエスは言われた。
「あなたがたには、神の国の奥義が知らされているが、
ほかの人たちには、すべてがたとえで言われるのです。

4:12 それは、『彼らは確かに見るには見るがわからず、
聞くには聞くが悟らず、悔い改めて赦されることのないため。』です。」

4:13 そして彼らにこう言われた。
「このたとえがわからないのですか。
そんなことで、いったいどうしてたとえの理解ができましょう。

4:14 種蒔く人は、みことばを蒔くのです。

4:15 みことばが道ばたに蒔かれるとは、こういう人たちのことです・・
みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです。

4:16 同じように、岩地に蒔かれるとは、こういう人たちのことです・・
みことばを聞くと、すぐに喜んで受けるが、
4:17 根を張らないで、ただしばらく続くだけです。
それで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。

4:18 もう一つの、いばらの中に種を蒔かれるとは、こういう人たちのことです。・・
みことばを聞いてはいるが、
4:19 世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望がはいり込んで、
みことばをふさぐので、実を結びません。

4:20 良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、
三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。」

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・神さまは私たちを祝福する約束をして下さり、
その約束を守って実現することを願っておられます。
私たちがこのことを経験するためには、神さまのことばを聞くことが大切です。

・イエスさまはたとえで聞き方を教えられました。

①道ばたのような心とは、
高慢や反発心や無関心などでみことばを全く受け入れない状態です。

②岩地のような心とは、
聞いて喜んで受け入れても、
「賛成して受け入れるのはここまで!」という制限がある場合です。

③いばらの中とは、
自分の心配や欲が心の中にあり、神さまのことばを優先できない状態です。

④よい地とは、
これまでの3種類の土地の問題点がなくて、
みことばを聞いて受け入れ忍耐し、みことばを優先する状態です。
その時に収穫があります。

・私たちは、自分の心の態度がよい地のようになるように聖霊の働きを祈り求めましょう。

2012年9月 5日 (水)

柔らかい心であるように

◆説教タイトル:「柔らかい心であるように」
◆聖書 新約聖書 マルコ3章20~35節

3:20 イエスが家に戻られると、また大ぜいの人が集まって来たので、
みなは食事する暇もなかった。

3:21 イエスの身内の者たちが聞いて、イエスを連れ戻しに出て来た。
「気が狂ったのだ。」と言う人たちがいたからである。

3:22 また、エルサレムから下って来た律法学者たちも、
「彼は、ベルゼブルに取りつかれている。」と言い、
「悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出しているのだ。」とも言った。

3:23 そこでイエスは彼らをそばに呼んで、たとえによって話された。
「サタンがどうしてサタンを追い出せましょう。

3:24 もし国が内部で分裂したら、その国は立ち行きません。
3:25 また、家が内輪もめをしたら、家は立ち行きません。

3:26 サタンも、もし内輪の争いが起こって分裂していれば、
立ち行くことができないで滅びます。

3:27 確かに、強い人の家に押し入って家財を略奪するには、
まずその強い人を縛り上げなければなりません。
そのあとでその家を略奪できるのです。

3:28 まことに、あなたがたに告げます。
人はその犯すどんな罪も赦していただけます。
また、神をけがすことを言っても、それはみな赦していただけます。

3:29 しかし、聖霊をけがす者はだれでも、
永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます。」

3:30 このように言われたのは、彼らが、
「イエスは、汚れた霊につかれている。」と言っていたからである。

3:31 さて、イエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていて、
人をやり、イエスを呼ばせた。

3:32 大ぜいの人がイエスを囲んですわっていたが、
「ご覧なさい。あなたのおかあさんと兄弟たちが、外であなたをたずねています。」と言った。

3:33 すると、イエスは彼らに答えて言われた。
「わたしの母とはだれのことですか。また、兄弟たちとはだれのことですか。」

3:34 そして、自分の回りにすわっている人たちを見回して言われた。
「ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。
3:35 神のみこころを行なう人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」

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・イエスさまのところには大勢が押し寄せてきました。
それでも人々の反応は様々でした。
イエスさまに対して反発や拒絶や非難もありました。
それでもイエスさまは忍耐をもって人々に説明されました。

・イエスさまはサタンに勝る力を持っておられ、
その結果多くの人を救われました。
それを受け入れない人々に対して
「聖霊をけがすという赦されない罪」について、
イエスさまは教えられました。

聖霊をけがすとは、頑固で高慢でかたくなな心で、
どうしてもイエスさまに反発し、
イエスさまがしておられることをサタンの力によるものだとまで言うことです。

これは自ら救いの道を閉ざすことです。
私たちもプライドに縛られると、悔い改めることができなくなります。
私たちの心が柔らかくなるように祈りましょう。

・神さまのみこころを知り、従うことで私たちはイエスさまと親しくなることができます。
このことを祈りましょう。

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