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2013年4月

2013年4月30日 (火)

聖霊が真理に導いて下さる

◆説教タイトル:「聖霊が真理に導いて下さる」

◆聖書 新約聖書 ヨハネ16章12~14節

わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、
今あなたがたはそれに耐える力がありません。

しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、
あなたがたをすべての真理に導き入れます。
御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、
また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。

御霊はわたしの栄光を現わします。
わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。

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・イエスさまがどのような方で、
私たちとどのように関わって下さるのか、
このことを知ることが大切です。
しかし、3年間一緒にいた弟子たちでさせ、
イエスさまを十分に知ることはできませんでした。
でも聖霊が来て下さり私たちを助けて下さるなら、
イエスさまをもっと信じて従うことができます。

・イエスさまはご自分が真理そのものだと言われました。
聖霊は私たちが真理であるイエスさまを信じることができ、
その結果、救いと自由を経験させて下さいます。
私たちを励まし慰めて下さる聖霊の助けとは、
私たちがイエスさまを知ることを助けることです。

・イエスさまを信じることは、
私たちが自分の姿を知ることとつながっています。
聖霊は私たち自身の罪も教えて下さいます。
私たち謙遜になり悔い改める用意をしていましょう。
聖霊が真理に導いて下さるように祈りましょう。

2013年4月24日 (水)

祈り続けるたくましさを培う

◆説教タイトル:「祈り続けるたくましさを培う」

◆聖書 新約聖書 マルコ10章46節~52節

彼らはエリコに来た。
イエスが、弟子たちや多くの群衆といっしょにエリコを出られると、
テマイの子のバルテマイという盲人の物ごいが、道ばたにすわっていた。

ところが、ナザレのイエスだと聞くと、
「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」と叫び始めた。

そこで、彼を黙らせようと、大ぜいでたしなめたが、彼はますます、
「ダビデの子よ。私をあわれんでください」と叫び立てた。

すると、イエスは立ち止まって、
「あの人を呼んで来なさい」と言われた。
そこで、彼らはその盲人を呼び、
「心配しないでよい。さあ、立ちなさい。
あなたをお呼びになっている」と言った。

すると、盲人は上着を脱ぎ捨て、
すぐ立ち上がって、イエスのところに来た。

そこでイエスは、さらにこう言われた。
「わたしに何をしてほしいのか。」
すると、盲人は言った。
「先生。目が見えるようになることです。」

するとイエスは、彼に言われた。
「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」
すると、すぐさま彼は見えるようになり、
イエスの行かれる所について行った。

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・目が不自由で物乞いをして生活していたバルテマイは、
イエスさまに大声で助けを求めました。
人々が黙らせようとしてもめげずにイエスさまに叫び続けました。
私たちも、祈っても答えがなく、
祈り続けることが難しく感じる時があります。
それでもめげずにたくましく祈り続けましょう。
これが私たちの信仰です。だから聖霊の助けをまず祈りましょう。

・イエスさまはバルテマイの叫びを聞き、ついに答えてくれました。
イエスさまは私たちの祈りを確かに聞いておられます。
そして改めて私たちに「わたしに何をしてほしいのか。」と尋ねられます。
イエスさまを信じて、自分の願い、夢、ビジョンのため祈りましょう。

・目が見えるようになったバルテマイはイエスさまに従っていきました。
私たちの信仰も、祈りが答えられて終わるのではなく、
イエスさまに従っていく信仰でありますように。

2013年4月17日 (水)

一番大切なもの、一番頼りになるもの

◆説教タイトル:「一番大切なもの、一番頼りになるもの」

◆聖書 新約聖書 マルコ10章17節~31節

イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄って、
御前にひざまずいて、尋ねた。
「尊い先生。永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、
私は何をしたらよいでしょうか。」

イエスは彼に言われた。
「なぜ、わたしを『尊い』と言うのですか。
尊い方は、神おひとりのほかには、だれもありません。

戒めはあなたもよく知っているはずです。
『殺してはならない。姦淫してはならない。
盗んではならない。偽証を立ててはならない。
欺き取ってはならない。父と母を敬え。』」

すると、その人はイエスに言った。
「先生。私はそのようなことをみな、小さい時から守っております。」

イエスは彼を見つめ、その人をいつくしんで言われた。
「あなたには、欠けたことが一つあります。
帰って、あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。
そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。
そのうえで、わたしについて来なさい。」

すると彼は、このことばに顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。
なぜなら、この人は多くの財産を持っていたからである。

イエスは、見回して、弟子たちに言われた。
「裕福な者が神の国にはいることは、何とむずかしいことでしょう。」

弟子たちは、イエスのことばに驚いた。
しかし、イエスは重ねて、彼らに答えて言われた。
「子たちよ。神の国にはいることは、何とむずかしいことでしょう。
金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」

弟子たちは、ますます驚いて互いに言った。
「それでは、だれが救われることができるのだろうか。」

イエスは、彼らをじっと見て言われた。
「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。
どんなことでも、神にはできるのです。」

ペテロがイエスにこう言い始めた。
「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。」

イエスは言われた。
「まことに、あなたがたに告げます。
わたしのために、また福音のために、
家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、
その百倍を受けない者はありません。
今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、
後の世では永遠のいのちを受けます。
しかし、先の者があとになり、あとの者が先になることが多いのです。」

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・イエスさまは、永遠のいのちを求めて訪ねてきたお金持ちに、
財産すべてを売り払い貧しい人にささげるように言われました。
救われるのは神さまの恵みのおかげ、それを信じることによります。
イエスさまは、この人が何を大切にし何に頼っているのかを
気づくことを願われたのです。

私たちは何を一番大切にし何を一番頼りにしているでしょうか。

・本来は、神さまを一番大切にし、一番頼りにすることが必要です。
どんなに良いものでも、神さま以上に大切にし、
神さま以上に頼りにする時に、それは偶像となってしまうのです。

・どんなに大切なものでも神さまにお任せし、
神さまを優先することが、大切なものを守ることになります。
手放す人に神さまは与えて下さいます。
神さまは、私たちのために一番大切な御子イエスさまさえ
与えて下さった方なのです。

2013年4月10日 (水)

正義と愛

◆説教タイトル:「正義と愛」

◆聖書 新約聖書 マルコ10章1節~16節

イエスは、そこを立って、ユダヤ地方とヨルダンの向こうに行かれた。
すると、群衆がまたみもとに集まって来たので、
またいつものように彼らを教えられた。

すると、パリサイ人たちがみもとにやって来て、
夫が妻を離別することは許されるかどうかと質問した。
イエスをためそうとしたのである。

イエスは答えて言われた。
「モーセはあなたがたに、何と命じていますか。」

彼らは言った。
「モーセは、離婚状を書いて妻を離別することを許しました。」

イエスは言われた。
「モーセは、あなたがたの心がかたくななので、
この命令をあなたがたに書いたのです。

しかし、創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。
それゆえ、人はその父と母を離れて、
ふたりの者が一心同体になるのです。
それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。

こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」

家に戻った弟子たちが、この問題についてイエスに尋ねた。

そこで、イエスは彼らに言われた。
「だれでも、妻を離別して別の女を妻にするなら、
前の妻に対して姦淫を犯すのです。

妻も、夫を離別して別の男にとつぐなら、姦淫を犯しているのです。」

さて、イエスにさわっていただこうとして、
人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。

ところが、弟子たちは彼らをしかった。

イエスはそれをご覧になり、憤って、彼らに言われた。
「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。
止めてはいけません。
神の国は、このような者たちのものです。

まことに、あなたがたに告げます。
子どものように神の国を受け入れる者でなければ、
決してそこに、はいることはできません。」

そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。

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・新約聖書の時代、人々はどのような理由なら離婚できるかと
議論していました。
でもイエスさまが教えられたのは、
結婚とは神さまが定めたものであり、
神さまが夫婦を結び合わせたものであるという本質でした。
私たちも自分たちの考えや都合を基準にするのではなく、
神さまがほんとうに願っていることを理解して従うことが大切です。

・しかし、私たちは神さまの基準には程遠いのです。
正しいことができません。
でも神さまはそれをよく知っておられます。
私たちを愛して下さいます。
だから私たちが最善で完全でなくても赦して、導いて下さるのです。
私たちが罪人だからこそイエスさまが十字架にかかって下さったのです。

・私たちは、子どものようにイエスさまの福音を信じて受け入れましょう。
イエスさまに信頼しましょう。
自分の罪を認めたうえで、精一杯神さまに従う心でいましょう。

2013年4月 3日 (水)

復活を信じる

◆説教タイトル:「復活を信じる」

◆聖書 新約聖書 マルコ16章1節~8節

さて、安息日が終わったので、
マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、
イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。

そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。

彼女たちは、
「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」
とみなで話し合っていた。

ところが、目を上げて見ると、
あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。

それで、墓の中に入ったところ、
真っ白な長い衣をまとった青年が右側にすわっているのが見えた。
彼女たちは驚いた。

青年は言った。
「驚いてはいけません。
あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを
捜しているのでしょう。
あの方はよみがえられました。
ここにはおられません。
ご覧なさい。
ここがあの方の納められた所です。

ですから行って、お弟子たちとペテロに、
『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。
前に言われたとおり、そこでお会いできます』とそう言いなさい。」

女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。
すっかり震え上がって、気も転倒していたからである。
そしてだれにも何も言わなかった。
恐ろしかったからである。

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・イエスさまが復活した日、
弟子たちはイエスさまの死に関することは
考え行動することができました。
でも死の彼方のいのち、復活の事は考えも及びませんでした。
でもイエスさまはご自分の死の先のことを
確かに約束しておられたのです。
私たちは、今生きることに懸命です。
でもやがて死ぬこと、
そして死の彼方にいのちがあることを認めて生きることが大切です。
イエスさまの復活はそれを教えています。

・イエスさまの復活は
今私たちが誠実に正しく生きることの力でもあります。
私たちは今は報われなくても、神さまが報いて下さることを信じて、
今ここで生きるのです。
神さまの報いは、すぐには見えないかもしれません。
でもやがてその時が来ます。
今生きている時でなくても、死の彼方で神さまは報いて下さるのです。
だから私たちはイエスさまを信じて、従います。

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