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2013年8月

2013年8月28日 (水)

愛と福音を掲げて備える

◆説教タイトル:「愛と福音を掲げて備える」

◆聖書 新約聖書 マルコ13章9~27節

13:9 だが、あなたがたは、気をつけていなさい。
   人々は、あなたがたを議会に引き渡し、
   また、あなたがたは会堂でむち打たれ、
   また、わたしのゆえに、総督や王たちの前に立たされます。
   それは彼らに対してあかしをするためです。

13:10 こうして、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければなりません。

13:11 彼らに捕えられ、引き渡されたとき、
   何と言おうかなどと案じるには及びません。
   ただ、そのとき自分に示されることを、話しなさい。
   話すのはあなたがたではなく、聖霊です。

13:12 また兄弟は兄弟を死に渡し、父は子を死に渡し、
   子は両親に逆らって立ち、彼らを死に至らせます。

13:13 また、わたしの名のために、あなたがたはみなの者に憎まれます。
   しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。

13:14 『荒らす憎むべきもの』が、
   自分の立ってはならない所に立っているのを見たならば
   (読者はよく読み取るように。)
   ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。

13:15 屋上にいる者は降りてはいけません。
   家から何かを取り出そうとして中に入ってはいけません。

13:16 畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。

13:17 だが、その日、悲惨なのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。

13:18 ただ、このことが冬に起こらないように祈りなさい。

13:19 その日は、神が天地を創造された初めから、今に至るまで、
   いまだかつてなかったような、またこれからもないような苦難の日だからです。

13:20 そして、もし主がその日数を少なくしてくださらないなら、
   ひとりとして救われる者はないでしょう。
   しかし、主は、ご自分で選んだ選びの民のために、
   その日数を少なくしてくださったのです。

13:21 そのとき、あなたがたに、
   『そら、キリストがここにいる。』とか、『ほら、あそこにいる。』
   とか言う者があっても、信じてはいけません。

13:22 にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、
   できれば選民を惑わそうとして、しるしや不思議なことをして見せます。

13:23 だから、気をつけていなさい。
   わたしは、何もかも前もって話しました。

13:24 だが、その日には、その苦難に続いて、太陽は暗くなり、月は光を放たず、

13:25 星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。

13:26 そのとき、人々は、
   人の子が偉大な力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。

13:27 そのとき、人の子は、御使いたちを送り、
   地の果てから天の果てまで、四方からその選びの民を集めます。

0825

・イエスさまは、世界が終末に向かっていることを教えられました。
終末に向かって苦難が増していきます。
しかし、神さまは、ご自分が選ばれた人たち、
イエスさまを信じる人たちに特別に目を留めて下さいます。
苦しみで終わりではなく、祝福が用意されているのです。
だから終わりの時に、ますます神さまのことばに従うことが必要です。

・様々な苦難があります。
その中でも人のために犠牲を払い、苦しむことには価値があります。
イエスさまが十字架にかかって下さったのは、そのような苦しみであり
そのおかげで私たちは救われました。
私たちは福音を伝えるために苦難を引き受けます。
終わりの時こそ、福音が必要とされているからです。

・終末を誠実に生き、神さまと人を愛し、
福音を伝えるために聖霊が来て下さっているのです。

2013年8月21日 (水)

希望を掲げて備える

◆説教タイトル:「希望を掲げて備える」

◆聖書 新約聖書 マルコ13章1~13節

13:1 イエスが、宮から出て行かれるとき、弟子のひとりがイエスに言った。
   「先生。これはまあ、何とみごとな石でしょう。何とすばらしい建物でしょう。」

13:2 すると、イエスは彼に言われた。
   「この大きな建物を見ているのですか。
   石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。」

13:3 イエスがオリーブ山で宮に向かってすわっておられると、
   ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかにイエスに質問した。

13:4 「お話しください。いつ、そういうことが起こるのでしょう。
   また、それがみな実現するようなときには、どんな前兆があるのでしょう。」

13:5 そこで、イエスは彼らに話し始められた。
   「人に惑わされないように気をつけなさい。

13:6 わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私こそそれだ。』と言って、
   多くの人を惑わすでしょう。

13:7 また、戦争のことや戦争のうわさを聞いても、あわててはいけません。
   それは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。

13:8 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、
   ききんも起こるはずだからです。
   これらのことは、産みの苦しみの初めです。

13:9 だが、あなたがたは、気をつけていなさい。
   人々は、あなたがたを議会に引き渡し、
   また、あなたがたは会堂でむち打たれ、
   また、わたしのゆえに、総督や王たちの前に立たされます。
   それは彼らに対してあかしをするためです。

13:10 こうして、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければなりません。

13:11 彼らに捕えられ、引き渡されたとき、
   何と言おうかなどと案じるには及びません。
   ただ、そのとき自分に示されることを、話しなさい。
   話すのはあなたがたではなく、聖霊です。

13:12 また兄弟は兄弟を死に渡し、父は子を死に渡し、
   子は両親に逆らって立ち、彼らを死に至らせます。

13:13 また、わたしの名のために、あなたがたはみなの者に憎まれます。
   しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。

0818

・イエスさまは、とても大切なこととして世界の終わり、
終末について教えておられます。
目に見えるものは永遠には続きません。
移り変わり、やがて終わりを迎えます。
この世界も私たちの人生も同じです。
しかし、イエスさまを信じていくなら、
この世界も自分の人生も、神さまの計画の完成に向かっていると信じて、
希望を掲げて今日を生きることができます。

・イエスさまは惑わされないように、あわてないように、
そして苦難に失望しないように言われました。
現代社会は聖書に記されているように確かに終わりに向かっています。
でも私たちは、神さまに信頼して、落ち着いて誠実に責任を果たします。
神さまを愛し、人を愛し、仕えます。
なぜなら、神さまは私たちを愛してイエスさまを与えて下さった方だからです。
私たちはこのイエスさまの福音を伝えていきます。

2013年8月14日 (水)

内側から溢れ出るもの

◆説教タイトル:「内側から溢れ出るもの」

◆聖書 新約聖書 マルコ12章35~44節

12:35 イエスが宮で教えておられたとき、こう言われた。
   「律法学者たちは、どうしてキリストをダビデの子と言うのですか。

12:36 ダビデ自身、聖霊によって、こう言っています。
   『主は私の主に言われた。
   「わたしがあなたの敵をあなたの足の下に従わせるまでは、
   わたしの右の座に着いていなさい。」』

12:37 ダビデ自身がキリストを主と呼んでいるのに、
   どういうわけでキリストがダビデの子なのでしょう。」
   大ぜいの群衆は、イエスの言われることを喜んで聞いていた。

12:38 イエスはその教えの中でこう言われた。
   「律法学者たちには気をつけなさい。
   彼らは、長い衣をまとって歩き回ったり、
   広場であいさつされたりすることが大好きで、

12:39 また会堂の上席や、宴会の上座が大好きです。

12:40 また、やもめの家を食いつぶし、見えを飾るために長い祈りをします。
   こういう人たちは人一倍きびしい罰を受けるのです。」

12:41 それから、イエスは献金箱に向かってすわり、
   人々が献金箱へ金を投げ入れる様子を見ておられた。
   多くの金持ちが大金を投げ入れていた。

12:42 そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。
   それは一コドラントに当たる。

12:43 すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。
   「まことに、あなたがたに告げます。
   この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていた
   どの人よりもたくさん投げ入れました。

12:44 みなは、あり余る中から投げ入れたのに、
   この女は、乏しい中から、あるだけを全部、
   生活費の全部を投げ入れたからです。」

0811

・イエスさまが律法学者に気をつけるようにと言われたのは、
彼らが見栄をかざり、人々から評価されることを求めて行動していたからです。
私たちも同じことがないでしょうか。
人からの評価は大事ですし、人を認めてあげることも大切です。
でもそれが目的となって、内側から出てくるのではなく、
外側を飾ろうとすると、イエスさまはそれを「偽善者」と呼ばれました。

・対照的なのは貧しい未亡人が献金する姿です。
彼女の献金はほんとうにわずかな額でした。
でもイエスさまはその献金の目には見えない大きな意味と価値を見て下さり、
喜んで下さったのです。
イエスさまは内側の真実な姿を知って下さる方です。

・イエスさまは私たちを愛して、私たちを救うためにいのちをささげて下さいました。
私たちも聖霊によってこのことを知り感謝し、
そこから愛と献身が溢れて出てきますように。

2013年8月 7日 (水)

幸せな人生ための一番大切な命令

◆説教タイトル:「幸せな人生ための一番大切な命令」

◆聖書 新約聖書 マルコ12章28~34節

12:28 律法学者がひとり来て、その議論を聞いていたが、
   イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた。
   「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」

12:29 イエスは答えられた。
   「一番たいせつなのはこれです。
   『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。

12:30 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、
   あなたの神である主を愛せよ。』

12:31 次にはこれです。
   『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』
   この二つより大事な命令は、ほかにありません。」

12:32 そこで、この律法学者は、イエスに言った。
   「先生。そのとおりです。
   『主は唯一であって、そのほかに、主はない。』と言われたのは、
   まさにそのとおりです。

12:33 また『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして主を愛し、
   また隣人をあなた自身のように愛する。』ことは、
   どんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれています。」

12:34 イエスは、彼が賢い返事をしたのを見て、言われた。
   「あなたは神の国から遠くない。」それから後は、
   だれもイエスにあえて尋ねる者がなかった。

0804_2

・大切な命令は何かと尋ねられた時、
イエスさまは「愛すること」と答えられました。
愛することは幸せな人生のために不可欠なことです。
だから愛することが命令なのです。

・イエスさまは、神さまを全身全霊、全力で愛するように言われました。
ただひとりの神さまなので、私たちは神さまに喜ばれ、
神さまが願うことを行なうのです。
そこに私たちの最高の喜びがあります。

・イエスさまは、私たちが隣人を自分のように愛するように言われました。
愛するとはその人のために犠牲を払うことであり、
その人の反応に関わらず、その人にとってほんとうに益となることをすることです。
イエスさまが私たちのために十字架にかかられたのはこの愛からです。

・私たちは自分の中に愛する心が広がるように祈り、
イエスさまの十字架にある神さまの愛を知ることを祈りましょう。

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