« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2014年1月

2014年1月28日 (火)

イエス・キリストは生きておられる

◆説教タイトル:「イエス・キリストは生きておられる」

◆聖書 新約聖書 マルコ16章1~8節 

16: 1 さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤと
  サロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。

16: 2 そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。

16: 3 彼女たちは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、
  だれかいるでしょうか」とみなで話し合っていた。

16: 4 ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、
  その石がすでにころがしてあった。

16: 5 それで、墓の中に入ったところ、真っ白な長い衣をまとった青年が
  右側にすわっているのが見えた。彼女たちは驚いた。

16: 6 青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、
  十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。
  あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。
  ここがあの方の納められた所です。

16: 7 ですから行って、お弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより
  先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます』
  とそう言いなさい。」

16: 8 女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。すっかり震え上がって
  気も転倒していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。
  恐ろしかったからである。

・イエスさまの十字架だけでなく、復活もとても大切です。
イエスさまの復活は神さまの計画でした。でもイエスさまの墓に出向いた女性
たちは、墓を蓋している大きな石のことばかりを気にして心配していました。
そのさなかにイエスさまは復活したのです。
私たちは、様々な目に見えること、自分で考えることを超えて、
神さまの計画があることを信じましょう。

・イエスさまが復活されたので、イエスさまは死んだままの過去の人ではなく、
今生きておられます。イエスさまを偉大な人、
よき教師や模範とするだけでは足りません。
今生きておられて、私たちに語りかけ、私たちの生活の中で行動される方として
信じましょう。やがて再び来られて神さまの計画を実現される方として信じましょう。
イエスさまが生きておられることを確信できるように祈りましょう。

2014年1月21日 (火)

忠実な人は祝福される

◆説教タイトル:「忠実な人は祝福される」

◆聖書 旧約聖書 箴言28章20節

28:20 忠実な人は多くの祝福を得る。しかし富を得ようとあせる者は罰を免れない。

・聖書が言う忠実さとは「信頼される態度」です。ぐらつかず堅実に行動し、
責任をしっかり果たすこと。そういう人を神さまは大いに祝福して下さいます。

・しかし忠実であることはいつでもすぐに良い結果に結びつくと限りません。
ダニエルは有能で忠実であったのでねたまれ、罠にはめられました。
それでも彼は神さまに信頼し続け、窮地を脱したのです。
神さまに信頼するから忍耐と忠実を保つことができます。
神さまご自身が私たちへの約束を忠実に果たして下さる方です。
私たちはイエスさまの十字架と復活によって罪が赦され、
神さまの約束を期待することができる神さまの子どもとなりました。

・神さまは約束を実現する前に、私たちがより忠実になるように訓練されます。
小さなことに忠実であることは、さらに大きな祝福と務めへの扉を開けてくれるのです。

2014年1月14日 (火)

試練を乗り越える

◆説教タイトル:「試練を乗り越える」

◆聖書 新約聖書 コリント第一 10章13節

10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。
 神は真実な方ですから、あなたがたを、
 耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。
 むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

・私たちは生きている限り、苦しいこと、つらいことなど試練を経験します。
でも神さまを信じているなら、試練でつぶれることはない、
試練には脱出の道があり終わりがあると信じることができます。

・その理由は、神さまが真実な方だからです。神さまは信頼できる方です。
私たちが祈ることを学び、人としても成長するため、
また苦しんでいる他の人を励ますことができるために、
神さまは私たちが試練に会うことを許されることがあります。
しかし神さまが私たちを愛しておられることはいつでも変わりません。
そして神さまに信頼することが試練を乗り越える力となります。

・だから、神さま以外のものを一番頼りにすることは避けましょう。
どんなに良いものでも、神さま以上の存在はありません。
ここを間違えずに神さまに信頼するなら、
試練は私たちに新しい世界を開く扉にさえなるのです。

2014年1月 7日 (火)

祈りと願いを新たにする

◆説教タイトル:「祈りと願いを新たにする」

◆聖書 新約聖書 ヨハネ5章1~9節

5: 1 その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。

5: 2 さて、エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、
 五つの回廊がついていた。

5: 3 その中に大ぜいの病人、盲人、足のなえた者、やせ衰えた者たちが伏せっていた。
{彼らは水の動くのを待っていた。}

5: 4{主の使いが時々この池に降りて来て、水を動かすのであるが、
 水が動かされたあとで最初に入った者は、どのような病気にかかっている者でも
 いやされたからである。}

5: 5 そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人がいた。

5: 6 イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、
 彼に言われた。「よくなりたいか。」

5: 7 病人は答えた。「主よ。私には、水がかき回されたとき、
  池の中に私を入れてくれる人がいません。
 行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです。」

5: 8 イエスは彼に言われた。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」

5: 9 すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した。
 ところが、その日は安息日であった。

・イエスさまは38年間ずっと病気の人に「よくなりたいか。」と尋ねられました。
長い間、状況が変わらず、固定化してしまったようになると、
願いも祈りも最初の熱心さと期待を失いがちです。
そのことを知っておられて、イエスさまは私たちがさらに願いを抱き、
祈り続けることを求めておられます。

・これまでずっと変わらなかったのに、イエスさまは38年病気だった人をいやされました。
イエスさまの問いに対してこの人が答えたことは、
強い期待というよりあきらめと言い訳のように聞こえます。
それでもイエスさまはこの人の人生を新しくされました。
イエスさまは私たちの祈りに答えて下さる方です。

・もし私たちが、イエスさまがどのような方であるかをもっと知ってもっと信じるなら、
私たちの中に願いと祈りが新たにされるのです。

« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »