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2014年4月

2014年4月29日 (火)

かなえられる祈りのツボ

◆説教タイトル:「かなえられる祈りのツボ」

◆聖書 新約聖書 ヨハネ第一 5章13~15節


5:13 私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、
 あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。

5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、
 神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。

5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、
 すでにかなえられたと知るのです。

・イエスさまを信じる人に約束されていることは、
神さまが願いを聞いて下さるということです。
これは神さまへの信仰の中でとても重要なことです。
確信をもって明言できることです。だから期待して祈り続けましょう。

・ただし「神さまの考えと願いにかなうこと」が、かなえられる祈りの条件です。
神さまは私たちを愛して、私たちにとって良いことを考えて、実際に行って下さいます。
私たちの人生は自分のものではなく神さまのものです。
だから神さまは私たちの人生によいことを考えてくださるのです。

・神さまの願いはどのようにわかるのでしょうか?
何よりも神さまがどのような方であるか知ることです。
人生のどんな状況下でも、イエスさまを信じているなら、
神さまがどのような方か知ることを喜べるのです。
そうすると、神さまの願いもわかり、神さまの願いにかなう祈りができます。

2014年4月22日 (火)

イースターの意味⑤ ー生きておられるイエスさまを信じる

◆説教タイトル:「イースターの意味⑤ ー生きておられるイエスさまを信じる」
 
◆聖書 新約聖書 ヨハネ21章1~19節

21: 1 この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を 弟子たちに現わされた。
 その現わされた次第はこうであった。
 
21: 2 シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、
 ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。

21: 3 シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った。
 「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。
 しかし、その夜は何もとれなかった。

21: 4 夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。
 けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。

21: 5 イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」
 彼らは答えた。「はい。ありません。」

21: 6 イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」
 そこで、彼らは網をおろした。
 すると、おびただしい魚のために、 網を引き上げることができなかった。
 
21: 7 そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。
 「主です。」すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、
 裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。

21: 8 しかし、ほかの弟子たちは、魚の満ちたその網を引いて、小舟でやって来た。
 陸地から遠くなく、百メートル足らずの距離だったからである。

21: 9 こうして彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、
 パンがあるのを見た。

21:10 イエスは彼らに言われた。「あなたがたの今とった魚を幾匹か持って来なさい。」

21:11 シモン・ペテロは舟に上がって、網を陸地に引き上げた。
 それは百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。
 それほど多かったけれども、網は破れなかった。

21:12 イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」
 弟子たちは主であることを知っていたので、
 だれも「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者はいなかった。

21:13 イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。
 また、魚も同じようにされた。

21:14 イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現わされたのは、
 すでにこれで三度目である。

21:15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。
 「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」
 ペテロはイエスに言った。
 「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」
 イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」

21:16 イエスは再び彼に言われた。
 「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。
 「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」
 イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」

21:17 イエスは三度ペテロに言われた。
 「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」
 ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、
 心を痛めてイエスに言った。
 「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。
 あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」
 イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。

21:18 まことに、まことに、あなたに告げます。
 あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。
 しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、
 ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に 連れて行きます。」

21:19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現わすかを示して、
 言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。
 「わたしに従いなさい。」





・イエスさまがどのようにして復活したかはわかりません。
しかし、復活した意味はわかります。
生きておられるイエスさまが、聖書の中で弟子たちのためにしてくださったように、
私たちの人生にしてくださることがあるのです。

・イエスさまは私たちに何が必要か知っておられます。
私たちの願いに不思議な形で答えてくださいます。
イエスさまは私たちの人生すべてについて助けてくださいます。

・たとえ、弟子のペテロのように失敗しても、イエスさまは私たちを見捨てられません。
私たちがイエスさまから赦されていることを確信し、
人生の務めと目標にために生きることができるようにしてくださいます。
私たちは、イエスさまを信じて、ここから再スタートすることができるのです。

2014年4月15日 (火)

イースターの意味④ ーいやされて、愛することができるために

◆説教タイトル:「イースターの意味④
                       ーいやされて、愛することができるために」

◆聖書 新約聖書 ペテロ第一 3章18節


3:18 キリストも一度罪のために死なれました。
 正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。
 それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、
 私たちを神のみもとに導くためでした。




・私たちは自分の罪を気づかずにそのままにしていることがあります。
だから聖書のことばによって、自分の見えないところを知る必要があります。
・イエスさまが十字架にかかったのは、私たちと神さまとのつながりを回復するためです。
聖書のことばを読むことで、私たちは神さまの愛や計画を知ることができます。
・私たちが罪を赦され罪の影響から自由になるのは、楽に生きられるようになると言うより、
愛することができるようになるためです。私たちは愛することを目指すのです。

2014年4月 8日 (火)

イースターの意味③ 誇り高く、自信をもって

◆説教タイトル:「イースターの意味③ 誇り高く、自信をもって」
 
◆聖書 新約聖書 ガラテヤ2章20節

2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、
 キリストが私のうちに生きておられるのです。
 いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった
 神の御子を信じる信仰によっているのです。



・イエスさまを信じる人は、イエスさまといっしょに十字架につけられたことになります。
それは、自分の能力や努力や人からの評価を土台としたこれまでのプライドや
自信を捨てることです。
このような土台は私たちを支え続けることはできません。

・イエスさまを信じる人は、新しい誇りと自信をもつことができます。
その土台は、イエスさまが私たちを愛し、私たちのために死んで下さったことを信じる信仰
です。
イエスさまによってこれほどまでに愛され大切な存在であると認められていることが
揺るがない土台となるのです。

・この新しい土台の上に誇りと自信をもつ人は、イエスさまに従ってイエスさまのために
生きることができる誇りをもつことができます。
そして祈りで山が動き、人の考えを超えた神さまの奇跡を経験することができます。

2014年4月 1日 (火)

イースターの意味② 苦しみの中での救い

◆説教タイトル:「イースターの意味② 苦しみの中での救い」

◆聖書 新約聖書 ヘブル5章8~10節 
                   
5: 8 キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって   従順を学び、

5: 9 完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、
   とこしえの救いを与える者となり、

5:10 神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司ととなえられたのです。


・私たちは、苦しみや悩みに対してどのような態度をとればいいのでしょうか。
イエスさまは多くの苦しみを味わわれたので、
私たちの苦しみや痛みを十分にわかって下さいます。
私たちは一人で苦しんでいると思う必要はありません。
自分の思うところのすべてを神さまに祈りましょう。

・イエスさまは苦しみの中でも救って下さいます。苦しみの原因や状況を変える
ことができます。私たちが神に近づくことができるようにして下さり、
その結果、私たちは苦しみの中でも神さまの愛と計画を信じることができます。
イエスさまは、苦しみの中でも、神さまを愛し私たちを愛して、
神さまに従い通されました。神さまと私たちをつなぐ道になって下さったのです。
だから、私たちは苦しみの中でも神さまがいっしょにおられると信じ、
慰められて生き抜くことができるのです。苦しみの中で成長し、
人を慰めることができます。

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