ディボーション

2012年5月26日 (土)

最初の伝道メッセージ

そこで、ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、
人々にはっきりとこう言った。

「ユダヤの人々、ならびにエルサレムに住むすべての人々。
あなたがたに知っていただきたいことがあります。
どうか、私のことばに耳を貸してください。
今は朝の九時ですから、
あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではありません。
これは、預言者ヨエルによって語られた事です。

『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。
すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。
すると、彼らは預言する。

また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。
それは、血と火と立ち上る煙である。
主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』

イスラエルの人たち。
このことばを聞いてください。
神はナザレ人イエスによって、
あなたがたの間で力あるわざと不思議としるしを行なわれました。
それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。
これは、あなたがた自身がご承知のことです。

あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、
不法な者の手によって十字架につけて殺しました。

しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。
この方が死につながれていることなど、ありえないからです。

ダビデはこの方について、こう言っています。

『私はいつも、自分の目の前に主を見ていた。
主は、私が動かされないように、私の右におられるからである。
それゆえ、私の心は楽しみ、私の舌は大いに喜んだ。
さらに私の肉体も望みの中に安らう。
あなたは私のたましいをハデスに捨てて置かず、
あなたの聖者が朽ち果てるのをお許しにならないからである。
あなたは、私にいのちの道を知らせ、御顔を示して、
私を喜びで満たしてくださる。』

兄弟たち。
父祖ダビデについては、私はあなたがたに、
確信をもって言うことができます。
彼は死んで葬られ、その墓は今日まで私たちのところにあります。
彼は預言者でしたから、

神が彼の子孫のひとりを彼の王位に着かせると誓って言われたことを
知っていたのです。

それで後のことを予見して、キリストの復活について、
『彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない』と語ったのです。

神はこのイエスをよみがえらせました。
私たちはみな、そのことの証人です。

ですから、神の右に上げられたイエスが、
御父から約束された聖霊を受けて、
今あなたがたが見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。

ダビデは天に上ったわけではありません。
彼は自分でこう言っています。

『主は私の主に言われた。
わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは
わたしの右の座に着いていなさい。』

ですから、イスラエルのすべての人々は、
このことをはっきりと知らなければなりません。

すなわち、神が、今や主ともキリストともされたこのイエスを、
あなたがたは十字架につけたのです。」

人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、
「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。

そこでペテロは彼らに答えた。
「悔い改めなさい。
そして、それぞれ罪を赦していただくために、
イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。
そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、
ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、
私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」

ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、
「この曲がった時代から救われなさい」と言って彼らに勧めた。

そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。
その日、三千人ほどが弟子に加えられた。
そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、
交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。

そして、一同の心に恐れが生じ、
使徒たちによって多くの不思議としるしが行なわれた。

信者となった者たちはみないっしょにいて、
いっさいの物を共有にしていた。

そして、資産や持ち物を売っては、
それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。

そして毎日、心を一つにして宮に集まり、
家でパンを裂き、
喜びと真心をもって食事をともにし、
神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。
主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。
(使徒2:14~47)

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古くて新しい神の愛のメッセージ
イエス・キリストの福音を一人でも多くの人に伝えたい。

神さまに近づくには、どんなに頑張っても
神さまが決められた方法でしか近づくことは出来ないんです。

罪人である私たちが神さまに近づく方法
それは
イエス・キリストを通してのみ

排他的と非難されるかもしれないけど
たくさんの選択肢があるのではなくて、
これが神さまが決められた唯一の方法なんです。

私たちの罪の代価はイエス・キリストによってすべて支払われました。
ここに私たちの希望があります。

神さまは今日もあなたを招いておられます。
勇気を出して一歩踏み出してみてください。
イエス・キリストに信頼し心に平安を得る最高に祝福された歩みを
あなたにも味わって欲しい。。。

神さまの愛、受け取ってください!!!
お祈りしています。

2012年5月25日 (金)

聖霊が降る

五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。

すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、
彼らのいた家全体に響き渡った。

また、炎のような分かれた舌が現われて、
ひとりひとりの上にとどまった。

すると、みなが聖霊に満たされ、
御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。

さて、エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、
天下のあらゆる国から来て住んでいたが、
この物音が起こると、大ぜいの人々が集まって来た。

彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、
驚きあきれてしまった。
彼らは驚き怪しんで言った。

「どうでしょう。いま話しているこの人たちは、
みなガリラヤの人ではありませんか。
それなのに、私たちめいめいの国の国語で話すのを聞くとは、
いったいどうしたことでしょう。
私たちは、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人、
またメソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、
フルギヤとパンフリヤ、
エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者たち、
また滞在中のローマ人たちで、
ユダヤ人もいれば改宗者もいる。
またクレテ人とアラビヤ人なのに、あの人たちが、
私たちのいろいろな国ことばで神の大きなみわざを語るのを聞こうとは。」

人々はみな、驚き惑って、
互いに「いったいこれはどうしたことか」と言った。

しかし、ほかに「彼らは甘いぶどう酒に酔っているのだ」と言って
あざける者たちもいた。

そこで、ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、
人々にはっきりとこう言った。

「ユダヤの人々、ならびにエルサレムに住むすべての人々。
あなたがたに知っていただきたいことがあります。
どうか、私のことばに耳を貸してください。
今は朝の九時ですから、
あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではありません。
これは、預言者ヨエルによって語られた事です。

『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。
すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。

すると、彼らは預言する。
また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。
それは、血と火と立ち上る煙である。
主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』
(使徒2:1~21)

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この出来事は、
イエス・キリストが
私たちの罪のために十字架に掛かって死んでくださり
墓に葬られ、
三日目によみがえられ、
40日の間、弟子たちに現れ
ご自分が生きていることを示され天に昇られた後、
イスラエルのエルサレムという地で
五旬節(ペンテコステ)というお祭りの時に起こりました。

約束の聖霊が注がれ新しい時代の始まりです。

教会はここから始まりました。

聖霊は、信じる者への祝福です。

あなたも信じたら必ず聖霊が与えられます!!!

今日、あなたの心に聖霊が豊かに注がれますように心から祈ります。

2012年5月24日 (木)

私の助け

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都上りの歌

私は山に向かって目を上げる。
私の助けは、どこから来るのだろうか。

私の助けは、天地を造られた主から来る。

主はあなたの足をよろけさせず、
あなたを守る方は、まどろむこともない。

見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。

主は、あなたを守る方。
主は、あなたの右の手をおおう陰。

昼も、日が、あなたを打つことがなく、
夜も、月が、あなたを打つことはない。

主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、
あなたのいのちを守られる。

主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。

(詩篇121)

私たちの問題がどれだけ大きくても
私たちの信じている神さまの方が大きい!!!

聖書には人間の持っている
全ての問題の解決があると信じています。

感謝します。
今日も父なる神さま、あなたに信頼します。

 

2012年4月28日 (土)

足あと

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ある夜、私は夢を見た。
神さまと二人並んで私は砂浜を歩いていた。

・・・・

砂の上に二組の足あとが見えていた。

一つは神さまの
もう一つは私のものだった。

・・・・

しかし最後に私が振り返って見たとき
ところどころで
足あとが一組だけしか見えなかった。

・・・・

「わたしの愛する子どもよ
 わたしは決してお前の側を離れたことはない。

 お前がもっとも苦しんでいたとき
 砂の上に一組の足あとしかなかったのは

 わたしがお前を抱いていたからなんだよ」

(M・パワーズ)

2012年4月27日 (金)

知らなくてもよい

イエスは苦しみを受けた後、
四十日の間、彼らに現われて、
神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、
ご自分が生きていることを使徒たちに示された。

彼らといっしょにいるとき、
イエスは彼らにこう命じられた。
「エルサレムを離れないで、
わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
ヨハネは水でバプテスマを授けたが、
もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」

そこで、彼らは、いっしょに集まったとき、イエスにこう尋ねた。
「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」

イエスは言われた。
「いつとか、どんなときとかいうことは、
あなたがたは知らなくてもよいのです。
それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、
あなたがたは力を受けます。
そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、
および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

(使徒1:3~8)

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神さま、今日という最高の一日を感謝します。
約束の実現を待ち望みあなたの言葉に信頼します。

2012年4月20日 (金)

あなたを支えているものは??

建堂1周年
何もないところから
神さまが与えてくださった奇蹟。。。

多くの人の救いが見たい!!
神さまに人生変えたれたストーリーで溢れる教会。。。

私たちは多くの人たちに支えられながら
このことをずっと祈ってきました。

何より神さまとの親しい交わりを求めてきました。

神さまの時が動き出したとき

私たちは建設中の柱に
神さまの言葉をいっぱい書き込みました。

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私たちが神さまの言葉に信頼を置く証。。。

私たちのよりどころは、自分の感情や感覚ではなく
神さまの約束の言葉(聖書)だからです。

私たちは
神さまご自身と神さまの言葉とは
信頼に価するものであるという信仰(信頼)によって生きます。

まず事実(神さまと神さまの言葉)があり
信仰(神さまと神さまの言葉への信頼)によって応答し
そこに感情(信頼と従順の結果)がついてきます。

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(聖書、本当に大好き!!!)

ここには神さまの愛と知恵と力で満ちています。

あなたはもう聖書は手に入れられましたか??
神さまの言葉があなたの人生をより良いものに導いてくださいます。
きっとあなたの宝物になると思います。
是非、おもとめあれ♪

感情は言葉についてくる。。。

今日も神さまの言葉を告白しよう!!

2012年4月18日 (水)

Aozoratosakura

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。
しかし、人は、神が行なわれるみわざを、
初めから終わりまで見きわめることができない。
(伝道者の書3:11)

 

2012年4月11日 (水)

復活の希望

イースター礼拝の時に
私たちの教会の会員で亡くなられた方を
偲ぶ記念の時を持ちました。

地上で一緒にイエスさまを礼拝出来たことを本当に感謝します。
そして、イエスさまが再び来られるとき
また再会出来ることを楽しみにしています。

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兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。
これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、
あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。

また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、
私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、
この福音によって救われるのです。

私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、
私も受けたことであって、次のことです。

キリストは、聖書の示すとおりに、
私たちの罪のために死なれたこと、
また、葬られたこと、
また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、
また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。

その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。
その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、
すでに眠った者もいくらかいます。
その後、キリストはヤコブに現われ、
それから使徒たち全部に現われました。
そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、
現われてくださいました。

私は使徒の中では最も小さい者であって、
使徒と呼ばれる価値のない者です。
なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。

ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。
そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、
私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。
しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

そういうわけですから、私にせよ、ほかの人たちにせよ、
私たちはこのように宣べ伝えているのであり、
あなたがたはこのように信じたのです。
(Ⅰコリント15:1~11)

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ところで、キリストは死者の中から復活された、
と宣べ伝えられているのなら、どうして、あなたがたの中に、
死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。

もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。

そして、キリストが復活されなかったのなら、
私たちの宣教は実質のないものになり、
あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。

なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、
神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、
私たちは神がキリストをよみがえらせた、
と言って神に逆らう証言をしたからです。

もし、死者がよみがえらないのなら、
キリストもよみがえらなかったでしょう。

そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、
あなたがたの信仰はむなしく、
あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。

もし、私たちがこの世にあって
キリストに単なる希望を置いているだけなら、
私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

しかし、今やキリストは、
眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

というのは、死がひとりの人を通して来たように、
死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、
キリストによってすべての人が生かされるからです。

しかし、おのおのにその順番があります。
まず初穂であるキリスト、
次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。

それから終わりが来ます。
そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、
国を父なる神にお渡しになります。

キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、
と定められているからです。

最後の敵である死も滅ぼされます。

「彼は万物をその足の下に従わせた」からです。

ところで、万物が従わせられた、と言うとき、
万物を従わせたその方がそれに含められていないことは明らかです。

しかし、万物が御子に従うとき、
御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。
これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。 

(Ⅰコリント15:12~28)

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神さまありがとうございます。
イエスさまにあって、死で終わるのではなく
必ず私たちにも復活があることを感謝します。

神さまに栄光がありますように。

2012年4月 7日 (土)

主の僕の苦難と死

   

見よ。わたしのしもべは栄える。
彼は高められ、上げられ、非常に高くなる。
多くの者があなたを見て驚いたように、
――その顔だちは、そこなわれて人のようではなく、
その姿も人の子らとは違っていた――

そのように、彼は多くの国々を驚かす。
王たちは彼の前で口をつぐむ。
彼らは、まだ告げられなかったことを見、
まだ聞いたこともないことを悟るからだ。

   

私たちの聞いたことを、だれが信じたか。
主の御腕は、だれに現われたのか。

彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。
彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、
私たちが慕うような見ばえもない。

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。
人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

  

まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。
だが、私たちは思った。
彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。

しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、
私たちの咎のために砕かれた。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、
彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

私たちはみな、羊のようにさまよい、
おのおの、自分かってな道に向かって行った。
しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

   

彼は痛めつけられた。
彼は苦しんだが、口を開かない。
ほふり場に引かれて行く羊のように、
毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。
彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。
彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、
生ける者の地から絶たれたことを。

彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。
彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。

   

しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。
もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、
彼は末長く、子孫を見ることができ、
主のみこころは彼によって成し遂げられる。

彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。
わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、
彼らの咎を彼がになう。

それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、
彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。
彼が自分のいのちを死に明け渡し、
そむいた人たちとともに数えられたからである。
彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。

(イザヤ52章13~53章12節)

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この聖書はイエスさまが地上に来られる
ずっと以前に書かれ預言されたものでした。

これはイエスさまが歩んでくださった道です。

ここまでしてくださらなければならなかったほどに
私たちの罪は深刻なものであり
まさに命がけの愛で愛し尽くしてくださったことを思い感謝します。

イエスさまが身代わりになってくださったので
私たちに、赦し、解放、救い、癒し、平安、希望、喜び。。。
何より神さまとの親しい交わりの回復が与えられました。

イエスさまの十字架と復活
これこそ私たちに与えられた最高のギフトです。

明日は、イースターです。
イエスさまが十字架の苦難を通過された後
復活され今も生きておられることを思い起こし
みんなでお祝いしましょう。

少しでも興味を持たれた方は
是非、教会に来てくださいね♪
みなさんのお越しをお待ちしています!

2012年4月 6日 (金)

受難日

彼らは、イエスを引いて行く途中、
いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、
この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた。

大ぜいの民衆やイエスのことを嘆き悲しむ女たちの群れが、
イエスのあとについて行った。

しかしイエスは、女たちのほうに向いて、こう言われた。
「エルサレムの娘たち。わたしのことで泣いてはいけない。
 むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい。
 なぜなら人々が、
 『不妊の女、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は、幸いだ』
 と言う日が来るのですから。
 そのとき、人々は山に向かって、
 『われわれの上に倒れかかってくれ』と言い、
 丘に向かって、『われわれをおおってくれ』と言い始めます。
 彼らが生木にこのようなことをするのなら、
 枯れ木には、いったい、何が起こるでしょう。」

ほかにもふたりの犯罪人が、
イエスとともに死刑にされるために、引かれて行った。

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「どくろ」と呼ばれている所に来ると、
そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。
犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。

そのとき、イエスはこう言われた。
「父よ。彼らをお赦しください。
 彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。

民衆はそばに立ってながめていた。
指導者たちもあざ笑って言った。
「あれは他人を救った。
 もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」

兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、
酸いぶどう酒を差し出し、
「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。

「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。

十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、
「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。

ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。
「おまえは神をも恐れないのか。
 おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。
 だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」
そして言った。

「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、
 私を思い出してください。」

イエスは、彼に言われた。
「まことに、あなたに告げます。
 あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」

そのときすでに十二時ごろになっていたが、
全地が暗くなって、三時まで続いた。
太陽は光を失っていた。
また、神殿の幕は真っ二つに裂けた。

イエスは大声で叫んで、言われた。
「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」
こう言って、息を引き取られた。

この出来事を見た百人隊長は、神をほめたたえ、
「ほんとうに、この人は正しい方であった」と言った。

また、この光景を見に集まっていた群衆もみな、
こういういろいろの出来事を見たので、胸をたたいて悲しみながら帰った。

しかし、イエスの知人たちと、
ガリラヤからイエスについて来ていた女たちとはみな、
遠く離れて立ち、これらのことを見ていた。

(ルカ23章26~49節)