メッセージメモ

2016年1月24日 (日)

契約によって確信をもつ

2016年1月10日の説教


◆聖書:新約聖書 コリント第一11章23~26節 

1cor 11:23
私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、
1cor 11:24
感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行ないなさい。」
1cor 11:25
夕食の後、杯をも同じようにして言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。」
1cor 11:26
ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。

◆説教タイトル:「契約によって確信をもつ」

・神さまは、私たちを救って祝福する契約を結んで下さいます。この契約は一般的な契約と違い、神さまが恵みとして与えて下さったもので、決して無効になることがありません。神さまは、私たちが神さまの恵みを確信できるように契約を結んで下さっているのです。

・この契約は、イエスさまが十字架で流された血によって結ばれました。人はそれまでは繰り返し動物を犠牲としてささげなければいけませんでした。でもイエスさまが完全な犠牲となって下さったので、イエスさまを信じるなら、神さまが私たちのために契約を守って祝福して下さると期待できるようになったのです。

・この契約は新しい契約です。石の板に書かれたものではなく、聖霊によって私たちの心に書かれたものです。私たちは、聖霊に助けられて契約を思い起こしながら、神さまの恵みによって生きるのです。

2015年12月 1日 (火)

クリスマスの季節ーー喜びの知らせを伝える

2015年11月29日 礼拝説教

◆聖書:新約聖書 ルカ2章8~12節

luke 2: 8
さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
luke 2: 9
すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
luke 2:10
御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
luke 2:11
きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
luke 2:12
あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」


◆説教タイトル:「クリスマスの季節

                  ―喜びの知らせを伝える」

・聖書には、イエスさまが誕生されたことがクリスマスの出来事として書かれています。でもその事実だけでなく、その出来事が伝えられ、伝えられた人々がイエスさまに出会ったことが書かれています。だから、大きな喜びの知らせを伝えることがクリスマスらしさのひとつです。

・でも、その時の知らせは、まだ何もできない赤ちゃんが生まれたということだけです。喜びの小さな種ぐらいのものです。でもそれが伝えられたことがクリスマスです。なぜならイエスさまこそがどんな人にも喜びを与えて下さるからです。

・私たちも、クリスマスらしく、イエスさまという大きな喜びを、福音をまわりの方々に伝えていきましょう。

2015年11月25日 (水)

どんなことにも意味を見出す

2015年11月22日礼拝説教

◆聖書:新約聖書 ヨハネ11章1~5節

john 11: 1
さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。
john 11: 2
このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。
john 11: 3
そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」
john 11: 4
イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」
john 11: 5
イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。


◆説教タイトル:「どんなことにも意味を見出す」

・イエスさまと親しかったラザロが病気になり、間もなく亡くなってしまいました。彼の姉であるマルタとマリヤは失望していました。でもイエスさまは、この出来事に意味があることを見ぬいておられました。その意味とは、神さまのすばらしさが現わされ、人々がイエスさまを信じるようになることでした。私たちも、生活のどんなことでも、その出来事は神さまを知る機会として意味があると期待しましょう。

・人生に意味を見出すとは、積極的で前向きな考え方だけを指しているのではありません。神さまがおられ、神さまが奇跡をされるから、神さまが私たちを愛して下さっているから、どんなことにも意味を見出すのです。イエスさまの十字架と、聖書のことばと、聖霊が、私たちに神さまを知ることへの期待を生み出してくれるのです。

2015年11月15日 (日)

一番の願い、一番の祈り

2015年11月15日礼拝説教

◆聖書:旧約聖書 詩篇27篇1~14節

ps 27: 1
主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。
ps 27: 2
悪を行なう者が私の肉を食らおうと、私に襲いかかったとき、私の仇、私の敵、彼らはつまずき、倒れた。
ps 27: 3
たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。
ps 27: 4
私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。
ps 27: 5
それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。
ps 27: 6
今、私のかしらは、私を取り囲む敵の上に高く上げられる。私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、歌うたい、主に、ほめ歌を歌おう。
ps 27: 7聞いてください。主よ。私の呼ぶこの声を。私をあわれみ、私に答えてください。
ps 27: 8
あなたに代わって、私の心は申します。「わたしの顔を、慕い求めよ」と。主よ。あなたの御顔を私は慕い求めます。
ps 27: 9
どうか、御顔を私に隠さないでください。あなたのしもべを、怒って、押しのけないでください。あなたは私の助けです。私を見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神。
ps 27:10
私の父、私の母が、私を見捨てるときは、主が私を取り上げてくださる。
ps 27:11
主よ。あなたの道を私に教えてください。私を待ち伏せている者どもがおりますから、私を平らな小道に導いてください。
ps 27:12
私を、私の仇の意のままに、させないでください。偽りの証人どもが私に立ち向かい、暴言を吐いているのです。
ps 27:13
ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったなら――
ps 27:14
待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。

◆説教タイトル:「一番の願い、一番の祈り」

・私たちの生活で大切なことのひとつは、優先順位を決めて、それを守ることです。聖書が教える優先順位の第一は、神さまを求めることです。

・ダビデは危機が迫っても「私は大丈夫。」と確信をもっていました。神さまが助けて下さることを経験し、信じていたからです。

・でもダビデが「大丈夫」だと自信があったのは、彼が神さまをもっと知ること、神さまを知って希望と喜びでいっぱいになることこそを一番の祈りとしていたからです。神さまが実際に助けて下さること以上に、神さまのすばらしさを知り、神さまを礼拝し、そのこと自体を喜ぶことを一番の願いとしていたのです。

・イエスさまが私たちを救い、聖霊を遣わされたのは、私たちが神さまを知り、そのことで喜ぶためなのです。

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2015年11月12日 (木)

いのちの水があふれ流れ出る生活

2015年11月8日説教

◆聖書:新約聖書 ヨハネ7章37~39節

さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「誰でも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。

わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。


◆説教タイトル:「いのちの水があふれ流れ出る生活」

説教要約

・神さまから祝福を受け取り、まわりの方々に流し届ける川のように生きるように、私たちは造られています。貯めこんで豊かになるのではなく、流し届けることで豊かになるのです。

・最も重要なことは流れの源です。神さまが祝福の源です。もし神さまとつながってないままで流し届けようとすると、その人はやがて涸れ果ててしまうでしょう。イエスさまは私たちを神さまとつなげて下さいます。その結果、いのちの水が川のようにあふれ流れ出るような生活になるのです。イエスさまを信じることで神さまと結びつき、信仰によって神さまが与えてくださるものを受け取ることができます。

・神さまが与えて下さる最も価値ある祝福は聖霊です。聖霊が与えられると、私たちは天からの祝福をこの地に届けることができます。

2014年5月27日 (火)

悲しみを越えて祈る ネヘミヤ①

◆説教タイトル:「悲しみを越えて祈る ネヘミヤ①」

◆聖書 旧約聖書 ネヘミヤ記1章1~11節


1: 1 ハカルヤの子ネヘミヤのことば。
 第二十年のキスレウの月に、私がシュシャンの城にいたとき、

1: 2 私の親類のひとりハナニが、ユダから来た数人の者といっしょにやって来た。
 そこで私は、捕囚から残ってのがれたユダヤ人とエルサレムのことについて、
  彼らに尋ねた。

1: 3 すると、彼らは私に答えた。
「あの州の捕囚からのがれて生き残った残りの者たちは、非常な困難の中にあり、
 またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁はくずされ、
 その門は火で焼き払われたままです。」

1: 4 私はこのことばを聞いたとき、すわって泣き、数日の間、喪に服し、
 断食して天の神の前に祈って、
1: 5 言った。「ああ、天の神、主。大いなる、恐るべき神。主を愛し、
 主の命令を守る者に対しては、契約を守り、いつくしみを賜わる方。
1: 6 どうぞ、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。
 私は今、あなたのしもべイスラエル人のために、昼も夜も御前に祈り、
 私たちがあなたに対して犯した、イスラエル人の罪を告白しています。
 まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。

1: 7 私たちは、あなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセに
 お命じになった命令も、おきても、定めも守りませんでした。

1: 8 しかしどうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを、思い起こしてください。
 『あなたがたが不信の罪を犯すなら、わたしはあなたがたを諸国民の間に散らす。

1: 9 あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行なうなら、
 たとい、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、
 わたしはそこから彼らを集め、わたしの名を住ませるためにわたしが選んだ場所に、
 彼らを連れて来る』と。

1:10 これらの者たちは、あなたの偉大な力とその力強い御手をもって、
 あなたが贖われたあなたのしもべ、あなたの民です。

1:11 ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬う
 あなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けてください。
 どうぞ、きょう、このしもべに幸いを見せ、この人の前に、
 あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。

・ネヘミヤは、自分の祖国とエルサレムの町の悲惨な状況を聞いた時、
大変悲しみました。でもそこから神さまに祈り始めました。
イエスさまを信じていても、つらいこと、悲しいことがあります。
そんなとき私たちも涙を流します。そして祈ります。
聖霊が祈りを助けてくれます。私たちはお互いのために祈ります。
・ネヘミヤは最初に神さまがどんな方か告白しました。
神さまが大きな方であり、自分たちと約束を結んでおられると祈りました。
私たちも、神さまがどのような方か思い起こして祈ることを始めましょう。
イエスさまの十字架のおかげで、神さまは私たちにも祝福の約束をして下さっています。
・ネヘミヤはエルサレム再建のために立ち上がります。
神さまが彼に情熱と献身の心を与えられたからです。
神さまは彼自身を用いて祈りに答えようとされます。

2014年5月13日 (火)

心を守る信仰と愛

◆説教タイトル:「心を守る信仰と愛」

◆聖書 旧約聖書 箴言4章23節


4:23 力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。
 いのちの泉はこれからわく。




・お金や健康や仕事によって、人生は変わります。
しかし私たちの心はそれ以上に人生を左右します。
心の中にはいろいろな思いや考えがわいてきますし、入ってきます。
だから聖書は、自分の心をしっかりと守るように教えています。

・私たちの心を守るのは、イエスさまを信じる信仰です。
長年病気で苦しみ、医者に騙されてしまった女性が、失望せず恨みを抱かず、
希望を持つことができたのはイエスさまを信じたからです。

・私たちの心を守るのは愛です。
神さまは私たちの心のすべて人生のすべてを知っていて、
なおかつ私たちを愛しておられます。
一番大事なイエスさまを私たちの身代りにして私たちを神さまの子どもに
して下さいました。
聖霊は私たちに神さまの愛を経験させて下さいます。

2014年5月 6日 (火)

体験と聖書と聖霊の力

◆説教タイトル:「体験と聖書と聖霊の力」
◆聖書 新約聖書 ルカ24章36~49節


24:36 これらのことを話している間に、イエスご自身が彼らの真ん中に立たれた。

24:37 彼らは驚き恐れて、霊を見ているのだと思った。

24:38 すると、イエスは言われた。
 「なぜ取り乱しているのですか。どうして心に疑いを起こすのですか。

24:39 わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。
 わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。
 わたしは持っています。」

24:40 {イエスはこう言われて、その手と足を彼らにお示しになった。}

24:41 それでも、彼らは、うれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、
 イエスは、「ここに何か食べ物がありますか」と言われた。

24:42 それで、焼いた魚を一切れ差し上げると、

24:43 イエスは、彼らの前で、それを取って召し上がった。

24:44 さて、そこでイエスは言われた。
 「わたしがまだあなたがたといっしょにいたころ、あなたがたに話したことばはこうです。
 わたしについてモーセの律法と預言者と詩篇とに書いてあることは、
 必ず全部成就するということでした。」

24:45 そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、

24:46 こう言われた。「次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、
 三日目に死人の中からよみがえり、

24:47 その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まって
 あらゆる国の人々に宣べ伝えられる。

24:48 あなたがたは、これらのことの証人です。

24:49 さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。
 あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」





・イエスさまは、ご自分がよみがえり生きておられることを弟子たちに
実際の体験を通して教えられました。
弟子たちが信じることをイエスさまは願っておられたのです。
イエスさまは、私たちが生きているイエスさまに出会う経験をし、信じることを願っています。

・イエスさまは弟子たちに聖書を教えられました。
彼らの心を開いて、今までわからなかったことを理解できるように助けて下さったのです。
体験だけでなく、聖書のことば必要です。
聖書のことばを理解できるようにイエスさまは助けて下さいます。

・それだけではありません。神さまが与えて下さる力、聖霊の力が、
体験と聖書のことばとともに必要です。
聖霊の力があるので、私たちはイエスさまに従うことができ、
イエスさまのことを伝えることができます。

2014年4月29日 (火)

かなえられる祈りのツボ

◆説教タイトル:「かなえられる祈りのツボ」

◆聖書 新約聖書 ヨハネ第一 5章13~15節


5:13 私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、
 あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。

5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、
 神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。

5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、
 すでにかなえられたと知るのです。

・イエスさまを信じる人に約束されていることは、
神さまが願いを聞いて下さるということです。
これは神さまへの信仰の中でとても重要なことです。
確信をもって明言できることです。だから期待して祈り続けましょう。

・ただし「神さまの考えと願いにかなうこと」が、かなえられる祈りの条件です。
神さまは私たちを愛して、私たちにとって良いことを考えて、実際に行って下さいます。
私たちの人生は自分のものではなく神さまのものです。
だから神さまは私たちの人生によいことを考えてくださるのです。

・神さまの願いはどのようにわかるのでしょうか?
何よりも神さまがどのような方であるか知ることです。
人生のどんな状況下でも、イエスさまを信じているなら、
神さまがどのような方か知ることを喜べるのです。
そうすると、神さまの願いもわかり、神さまの願いにかなう祈りができます。

2014年4月22日 (火)

イースターの意味⑤ ー生きておられるイエスさまを信じる

◆説教タイトル:「イースターの意味⑤ ー生きておられるイエスさまを信じる」
 
◆聖書 新約聖書 ヨハネ21章1~19節

21: 1 この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を 弟子たちに現わされた。
 その現わされた次第はこうであった。
 
21: 2 シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、
 ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。

21: 3 シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った。
 「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。
 しかし、その夜は何もとれなかった。

21: 4 夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。
 けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。

21: 5 イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」
 彼らは答えた。「はい。ありません。」

21: 6 イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」
 そこで、彼らは網をおろした。
 すると、おびただしい魚のために、 網を引き上げることができなかった。
 
21: 7 そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。
 「主です。」すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、
 裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。

21: 8 しかし、ほかの弟子たちは、魚の満ちたその網を引いて、小舟でやって来た。
 陸地から遠くなく、百メートル足らずの距離だったからである。

21: 9 こうして彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、
 パンがあるのを見た。

21:10 イエスは彼らに言われた。「あなたがたの今とった魚を幾匹か持って来なさい。」

21:11 シモン・ペテロは舟に上がって、網を陸地に引き上げた。
 それは百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。
 それほど多かったけれども、網は破れなかった。

21:12 イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」
 弟子たちは主であることを知っていたので、
 だれも「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者はいなかった。

21:13 イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。
 また、魚も同じようにされた。

21:14 イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現わされたのは、
 すでにこれで三度目である。

21:15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。
 「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」
 ペテロはイエスに言った。
 「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」
 イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」

21:16 イエスは再び彼に言われた。
 「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。
 「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」
 イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」

21:17 イエスは三度ペテロに言われた。
 「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」
 ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、
 心を痛めてイエスに言った。
 「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。
 あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」
 イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。

21:18 まことに、まことに、あなたに告げます。
 あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。
 しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、
 ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に 連れて行きます。」

21:19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現わすかを示して、
 言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。
 「わたしに従いなさい。」





・イエスさまがどのようにして復活したかはわかりません。
しかし、復活した意味はわかります。
生きておられるイエスさまが、聖書の中で弟子たちのためにしてくださったように、
私たちの人生にしてくださることがあるのです。

・イエスさまは私たちに何が必要か知っておられます。
私たちの願いに不思議な形で答えてくださいます。
イエスさまは私たちの人生すべてについて助けてくださいます。

・たとえ、弟子のペテロのように失敗しても、イエスさまは私たちを見捨てられません。
私たちがイエスさまから赦されていることを確信し、
人生の務めと目標にために生きることができるようにしてくださいます。
私たちは、イエスさまを信じて、ここから再スタートすることができるのです。

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